つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

オレキシン神経細胞特異的にカルシウム感受性タンパク質(Cameleon)を発現するトランスジェニックマウスを用いたオレキシン神経細胞のカルシウムイメージング

市来 加奈子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 山中 章弘 (筑波大学 基礎医学系)


[導入・目的]
 オレキシンはオーファンGタンパク共役型受容体の内在性リガンドとして見出された神経ペプチドであり、視床下部外側野(LHA)やその周辺の特定の神経に特異的に発現している。LHAは摂食行動に関わる領域として知られており、実際、オレキシンも摂食行動の制御のみならず睡眠・覚醒の制御という重要な生理機能をになっていることがわかっている。現在、さらなる生理作用の解明が進められているが、本研究ではオレキシン神経の活動を観察するためにカルシウムイメージング法の利用を試みた。
 Ca2+は細胞内でセカンドメッセンジャーとして働いており、そのため、細胞内のCa2+濃度は厳重に制御されている。神経細胞では、膜電位の上昇によって電位感受性Ca2+チャネルが開いて細胞内にCa2+が流入することから、Ca2+濃度の上昇はその神経の活性化の指標と考えることができる。今回用いたカルシウム感受性タンパク質(Cameleon)はシアン蛍光タンパク質(CFP)をつけたカルモジュリン(CaM)タンパクと黄色蛍光タンパク質(YFP)をつけたM13ペプチドからなる。細胞内でCa2+濃度が上昇するとCaMとM13ペプチドが複合体を作る。その結果CFPとYFPの空間的距離や配置角度が変化し、FRET(Fluorescence Resonance Energy Transfer)が起こり、CFPの励起光によってYFPの蛍光強度が増加する。このCameleonをオレキシン神経特異的に発現させ、スライス標本でのCa2+濃度変化の計測を試みた。

[実験方法]
 オレキシン遺伝子上流域3.2 kbをプロモーターとして用いてオレキシン神経特異的にCameleonを発現するトランスジェニックマウスを作成した。その3-4週齢のマウスより脳スライス標本(300 μm)を作成した。顕微鏡下で脳スライスにCFPの励起光(430 nm)を当て、蛍光を発するオレキシン神経を同定した後、5秒の間隔でCFPの励起光を当て、蛍光をフィルターでCFP(480 DF 30 nm)とYFP(530 DF 25 nm)に分けてそれぞれの蛍光強度を測定した。また、その値からレシオ(YFP/CFP)を計算した。スライスを10-6 Mテトロドトキシンを含む溶液で潅流しながらオレキシン神経を活性化させる物質を作用させ、CFPとYFPの蛍光強度変化を観察した。このとき陽性対照群として40 mMのK+溶液を用いた。

[結果]
 Cameleonを発現したオレキシン神経はCFPやYFPの励起光で蛍光を発し、抗オレキシン抗体による免疫染色の結果と合わせると、Cameleonの発現率は約40 %であったが、異所性の発現はみられなかったことから、CFPとYFPの蛍光を発する細胞はオレキシン神経細胞であると考えられる。(図1) 。


 図1.Cameleonを発現したオレキシン神経



 図2.CCKによる蛍光強度・レシオの変化

 当研究室でオレキシン神経を活性化させることが確認されているコレシストキニン(CCK)、カルバコール(CCh;アセチルコリン受容体アゴニスト)を作用させたところ、CFPの蛍光強度の減少とYFPの蛍光強度の増加がみられ、レシオが上昇した(図2)。このことから、CCKやCChによってオレキシン神経細胞でCa2+の急激な上昇が引き起こされ、神経が活性化したことが確認できた。また、これらの反応はCCKやCChの濃度に依存的であった。
 CameleonはFura-2のようなカルシウムキレート剤を用いた蛍光プローブに比べ変化量は小さいものの、様々なプロモーターを用いることで特定の細胞にのみ発現させることができる。これによって蛍光プローブをローディングする操作が不要になるだけではなく、バックグラウンドの値が低く抑えられ、ノイズも小さくなる。また、同様に細胞の活動をリアルタイムで解析する方法としてパッチクランプ法があるが、この方法では細胞にガラス電極をあてて細胞の活動を観察する。これに対し、カルシウムイメージング法は物理的に細胞を傷めることなく、より正常に近い状態で細胞の活動を測ることができ、長時間の計測も可能であった。また、複数の細胞を同時に計測することも簡単に行えることがわかった。以上の結果から、カルシウム感受性タンパク質を発現するトランスジェニックマウスを用いた特定細胞のカルシウムイメージングが有用であることが明らかとなった。