つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

アマモ葉上に出現するタナイスの繁殖生態

伊藤 洋 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 青木 優和 (筑波大学 生物科学系)


<導入・目的> タナイス類は一部の種において雌性先熟の性転換が知られるフクロエビ類の小型甲殻類である。 しかしながら、タナイス類についての生態学的研究は、これまでほとんど行われていない。 静岡県下田市大浦湾鍋田のアマモ場には、タナイス目に属するノルマンタナイス Zeuxo normaniとみられるタナイスが生息している。 その年間最大密度はアマモ葉の乾燥重量あたり 20個体に達し、アマモ葉上動物の優占種の一つとなっている。 本種の体長は通常3mm程度で、第一胸脚がハサミ状の鋏脚となっている。 性的二型が顕著で、雄ではこの鋏脚が著しく大型化する。 野外性比は雌に大きく偏り、雄は極めて少ない。 本種は水中有害物質の生物検定の材料生物としても期待されている。 本研究では、このタナイスの基礎的な生活史とその繁殖について明らかにすることを目的とする。
 
<方法・結果> 野外におけるタナイス個体群の動態を調べるために、2003年6月から2004 年2月にかけて1ヶ月に1 度、野外定期採集を行った。 タナイス個体群の調査用には無作為に選択したアマモを1株ずつと任意量のアマモ枯葉を8サンプルずつ採集した。 また、アマモの高密度生育域において無作為に設置した25cm×25cmのコドラート4箇所のアマモを坪刈り採集し、海底面積あたりのアマモ現存量をタナイス個体群の密度推定に用いた。 アマモ葉上においてタナイスは6月から7月にかけて高密度で生息し、秋から冬にかけては著しい密度低下が生じる。 体長と鋏脚サイズの関係解析から、体長約2.3mmの時点で、未成熟個体から雌雄の分離が起こることが推測された。 体長組成解析からは、雄の数が少なく3.0mmまでの体長の個体のみが現れ、これに対し雌は個体数も多く体長5.0mmに達する大型個体を含む幅広い範囲の体長のものが確認された。 この結果からは、タナイス目の他の種で確認されている雌性先熟の性転換は想定し難い。
 成長と繁殖についての詳細を調べるために、室内で幼体からの飼育実験を行った。 この結果、1週間あたり平均約0.3mm成長し、体長は3.0mm未満で頭打ちとなる傾向が確認された。 雌雄の分離が起こる前であると推測される2.3mm未満の未成熟な個体を個別に飼育し、成熟時の性比を見たところ有意に雄が多くなった。 抱卵雌の体長と産仔数に有意な相関は見られなかった。

<考察> 本種の急激な密度変化は、生息場所の現存量や餌となる可能性のある花株部分や枯葉の量にも関係があるとみられるが、生息場所の現存量が極小となる冬期にどのように個体群を維持しているかは不明である。 また、このタナイスは性転換をしないとみられるが性比が野外と室内で著しく異なる原因としては、雌探索の過程で捕食を受けるなどの理由により野外での雄の死亡率が高い、あるいは個体群内の密度や他個体が存在することが性決定に影響しているなどの可能性が考えられる。 今後、実験などによりこれらの可能性について検討していく必要がある。