つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

日本住血吸虫感染マウスにおけるパラミオシン特異的モノクローナルIgE抗体投与による肉芽腫形成の抑制

梅津 正博(筑波大学 生物学類 4年)  指導教官:大前 比呂思(筑波大学 基礎医学系)



<背景と目的>
 住血吸虫症は、未だ世界で2億人以上の感染者が推定される重要な感染症である。住血吸虫症の病態の中心は、門脈系に寄生した成虫が産卵した虫卵による門脈塞栓と、それに続いておこる肉芽腫形成、肝線維化であり、この病態の解明を目指した多くの免疫学的研究が為されている。
 パラミオシンは、住血吸虫がシストソミューラから成熟成虫へ至る段階で分泌するタンパク質の一種で、近年、住血吸虫感染に対するワクチン候補蛋白として注目されている。また、パラミオシンに対する特異的モノクローナルIgE抗体を用いた実験によって、マウスのB細胞エピトープが、パラミオシン分子の中央1/3のややN末端よりの4アミノ酸、Ire359-Arg-Arg-Ala362(359IRRA362)にあることもわかっている。さらに、最近の私達のフィリピンの日本住血吸虫症浸淫地における研究の結果、肝線維化の弱い感染者の間で、このマウスB細胞エピトープを含むパラミオシン断片に対するIgE抗体価が、有意に高くなっていることが確認された。そこで、本研究では、従来の感染阻止という側面だけではなく、パラミオシン特異的モノクローナルIgE抗体が住血吸虫症の中心的病態である肝内肉芽腫形成・繊維化に対して与える影響を調べることとした。さらに、それと関連する免疫系の関与については、まず、補体系に焦点を当てて検討することとした。

<実験>
 まず、1群7匹以上のBalb/Cマウス(7週令)に、日本住血吸虫セルカリアを30隻ずつ経皮感染した。マウスモノクローナルIgE抗体としては、SJ18ε.1(パラミオシン特異的、359IRRA362を認識)とB53(DNP特異的、コントロールIgE抗体)を投与した。また、SJ18ε.1の投与群に関しては、投与方法の違いからA群・B群の2群に分け、A群は感染後4週から6週にかけて、一方B群は感染後6週から8週にかけて、SJ18ε.1を50μg/mouseずつ計七回隔日投与した。感染6週後(A群)もしくは8週後群)に門脈を還流して住血吸虫成虫を採取。雌雄成熟虫体5対以上が採取できたマウスについて、肝内肉芽腫の数・大きさを計測し、肝内ヒドロキシプロリン定量を行った。実験結果をSJ18ε.1投与群と非投与群との間で比較し、SJ18ε.1の肝内肉芽腫形成・線維化に対する影響の定量的評価を行った。また、補体系との関連性については、補体系が先天的に弱体化しているマウスを用い、SJ18ε.1の投与群(隔日投与で計5回を投与)と非投与群との間で、比較検討した。

<結果・考察>
 日本住血吸虫感染マウスに、パラミオシン特異的モノクローナルIgE抗体:SJ18ε.1を連続投与し、対照群と比較した結果、以下のようなことがわかった。
@ 寄生虫体数や肝臓内の虫卵数には違いが見られなかった。
A 感染後4-6週にSj18ε.1を連続投与した群では、肉芽腫形成の大きさが有意に小さく、虫卵・成虫ペアあたりのヒドロキシプロリン量が少なくなった。
B 感染後6-8週にSJ18ε.1を連続投与した群では、対照群との間で、ヒドロキシプロリン量の違いは見られなかった。
 これらの結果から、パラミオシン特異的モノクローナルIgE抗体は、虫体に対する効果的な殺滅効果や産卵に対する抑制効果はほとんど無いと考えられる一方、肝内肉芽腫形成・線維化に対しては抑制的な働きがあると考えられる。また、感染後6週たってから投与しても、肉芽腫形成や肝線維化に殆ど影響を与えなかったことから、その抑制効果は肉芽腫形成の初期段階にあることも示唆される。住血吸虫症の肉芽腫形成では、補体系が関与して周辺にコラーゲン組織が結合するので、現在、補体系が先天的に弱いマウスの系を用いて、肉芽腫形成・肝線維化の初期段階でみられたSj18ε.1の抑制効果と補体系の関係について検討している。