つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ヒトミトコンドリアtRNA遺伝子変異に起因する呼吸機能異常の比較解析

大桑 浩輔 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 林 純一 (筑波大学 生物科学系)


目的・背景:
ミトコンドリアは生命活動に必要なエネルギーであるATPを生産する細胞内小器官である.その内部には独自のゲノムであるミトコンドリアDNA (mtDNA) が複数コピー存在し,呼吸鎖酵素複合体の13種のサブユニットやその翻訳に必要な22種のtRNA,2種のrRNAをコードしている.このmtDNAに突然変異が生じることによってミトコンドリア病と総称される様々な疾患が引き起こされることが報告されている.
MELAS (mitochondrial myopathy, encephalopathy, lactic acidosis and stroke-like episodes) は脳卒中様症状と高乳酸血症を特徴とするミトコンドリア病の代表的な病型の1つである.MELAS患者ではtRNALeu(UUR) 遺伝子上の塩基番号3243番 (A→G) や3271番 (T→C) などの点突然変異が認められる.この2つの突然変異間で発症病態に大きな差異は認められないが,3243変異の方が3271変異に比べ発症に至るまでの時間が短く,また,in vitroにおける培養細胞を用いた実験結果でも,野生型mtDNAを有する細胞 (positive control) と比較した場合,ミトコンドリア呼吸活性の指標であるチトクロームc酸化酵素活性 (COX活性) が3243変異をホモプラズミーで有する細胞では0%であるのに対し,3271変異をホモプラズミーで有する細胞は約30%,[35S]-methionine 取り込みによるミトコンドリア内翻訳活性は3243変異では対野生型比約10%であるのに対し3271変異は約70%であることが示されている.
 このように3243変異と3271変異は,同一のtRNALeu(UUR)遺伝子上の突然変異であるにもかかわらず生化学的な病原性が異なっている.この原因としては,3243変異と3271変異でtRNA機能に与える影響が異なることが予想される.つまり,3243変異ではtRNA機能が完全に失われてしまうのに対し,3271変異では不完全なアミノ酸運搬能を持ったtRNAが生じ,本来ロイシンが運ばれるべき位置に異なったアミノ酸が運搬されてしまい,結果として,機能的に不完全なタンパク質が合成される可能性が考えられる.そこで本研究では,この3271変異を有した細胞におけるミトコンドリアの呼吸機能の低下が,ロイシンの位置に起こる異なったアミノ酸の配置によるものかを検証することにより,ヒトミトコンドリア病MELASの詳細な発症機構の解明を目指した.

方法:
10cm dishに野生型細胞,3271変異細胞,ρ0細胞 (mtDNAを欠損させた細胞) をセミコンフルエントになるまで培養し,methionineを含まないMinimum Essential Medium (ICN) であらかじめ37℃,30分間インキュベートした後, 0.2%emetine存在下において [35S]-methionineで細胞を2時間ラベルし,PBSで回収した.この細胞を2mlのHomogate Buffer (1mM Tris-HCl;pH7.4, 0.25M Sucrose, 0.13M NaCl) でホモジェナイズし,740×g,10分間,0℃で遠心し,上清を回収した.この上清を17,000×g,15分間,0℃で遠心し,さらにその沈澱を0.25M Sucroseで同様に3回遠心,洗浄を繰り返しミトコンドリア画分を得た.このミトコンドリア画分をグアニジン塩酸抽出液 (8M Guanidine Hydrochloride, 0.1M Tris, 10% β-Mercaptoethanol) を用いて溶解し,100℃,5分間加熱してミトコンドリアタンパク質を抽出した.この抽出液を透析膜 (Dialysis Membrane 8 /Wako) に入れて,透析液 (5M Urea, 2M Thiourea, 0.5%TritonX-100, 少量DTT) 中で2時間,室温で透析し,109,000×g,30分間,4℃で超遠心し,上清を得た.上清をサンプルとし,まず一次元目として,Immobiline Dry Strip (pH 4-7, 18cm; Amersham Biosciences) を用いて等電点によって分離した.続いて,この一次元ゲルを1%SDSで処理し,二次元目として12%polyacrylamide gelを用いて展開した.このゲルを固定液 (45% ethanol, 10% Acetic acid) で30分間固定した後,銀染色を行いタンパク質スポットを確認した.ゲルは乾燥後,イメージングプレート(富士フィルム)に72時間露出し,バイオイメージングアナライザー Fujix BAS5000(富士フィルム)を用いて放射線量を測定した.

結果・考察:
mtDNAコードタンパク質を確認する方法として,まず3271変異細胞とρ0細胞からミトコンドリアタンパク質を精製・抽出して,2D-PAGEによって等電点及び分子量に基づいて二次元に展開した.その後,ゲルを銀染色し,タンパク質スポットのパターンの比較を試みた.この比較によって,3271変異細胞に確認されるが,ρ0細胞には確認されないスポットがmtDNAコードのタンパク質であるということができる.しかし,3271変異細胞とρ0細胞において,電気泳動のタンパク質スポットのパターンが異なり,単純な比較によるmtDNAコードのタンパク質の確認には至らなかった.そこで,emetine存在下で細胞質のタンパク合成を阻害し,[35S]-methionine取り込みによってmtDNAコードのタンパク質をRI標識し,ミトコンドリアタンパク質を精製・抽出して,2D-PAGEによって等電点及び分子量に基づいて二次元に展開した.この方法を用いれば,mtDNAコードの13のタンパク質がRIを用いて,2D-PAGEゲル上で13のスポットとして検出されるはずである.その結果,野生型細胞及び3271変異細胞においてオートラジオグラフィーによって検出されるが,ρ0細胞で検出されないタンパク質スポットを確認した.マーカーとして流したレーンとの比較により,このタンパク質が呼吸鎖酵素複合体Wを形成するサブユニットであるCOUである可能性が強いと考えられる.このタンパク質スポットはmtDNAコードのタンパク質である可能性が強いと推測される.
マーカーとして流したレーンとの比較により,このタンパク質スポットは呼吸鎖酵素複合体Wを形成するサブユニットであるCOUである可能性が強いと考えられる.今後は,今回確認できたタンパク質スポットを切り出し,アミノ酸配列解析を行うことによってそのタンパク質がmtDNAコードであることを確認し,そのタンパク質のアミノ酸配列のロイシンの位置にロイシン以外の異なったアミノ酸が配置されているか否かを明らかにしたい.