つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

花成制御に関わるリン酸化酵素遺伝子の解析

大越 友里 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 鎌田 博 (筑波大学 生物科学系)


【背景と目的】
 地球上のほとんどの生物は、約24時間周期の自己発振性のリズムである概日リズム(circadian rhythm)をもち、多くの生命現象がこの制御を受けることが知られている。近年、シロイヌナズナ (Arabidopsis thaliana)において、概日リズム制御に異常を示す変異体が単離され、原因遺伝子が同定されてきた。しかし、遺伝子の同定が進み、転写制御をベースにしたモデルの構築はなされてきたが、これに関わるタンパク質の翻訳後修飾機構についてはほとんど解明されていない。この翻訳後修飾機構においてはタンパク質リン酸化酵素が重要な役割を担っていると考えられる。一方、最近になり、光周性依存型の花成制御と概日リズム制御系が密接に関係していることが明らかにされた。花成制御で中心的な役割を果たす複数の転写制御因子群(CO、FT、SOC1等)の遺伝子発現の日周性が、概日リズム制御因子群(LHY、CCA1、TOC1、GI等)によって規定されることが重要であるとするモデルが提出されている。最近になり、LHYとCCA1がリン酸化酵素と直接相互作用し、リン酸化によって機能調節されていることが明らかにされつつある。そこで本研究では、理化学研究所の篠崎研究グループとの共同研究により、概日リズム制御に関わる新規なリン酸化酵素を同定・解析し、既知の概日リズム制御因子との関係を明らかにすることを目的とした。トランスポゾン挿入変異系統のうち、リン酸化酵素遺伝子の破壊株(約400系統)のみを解析対象とし、概日リズムによる制御を受ける「花成時期」を指標としてスクリーニングを行った。

【方法】
 理化学研究所の篠崎研究グループが作成したシロイヌナズナのトランスポゾン挿入系統(約15000系統)の中から、リン酸化酵素遺伝子の破壊株約400系統を選択した。解析対象の遺伝子の機能欠損に関するhomozygote(33系統)について、恒明条件下(24℃)、長日条件下(16時間明期/8時間暗期;24℃)、短日条件下(10時間明期/14時間暗期;24℃)の3種類の光周期のもとで花成時期を検討した。花成時期は葉数を指標とし、それぞれの系統について約9個体の測定データの平均値を野生型と比較した。各条件下での栽培試験は再現性をとるために2回以上行った。

【結果と考察】
 これまでに調べた33系統のうち1系統は、すべての条件下で花成時期が有為に遅れることが判明した(図1、2)。この系統の原因遺伝子は、リン酸化酵素遺伝子群のうち、ウリジンキナーゼやパントテン酸キナーゼ遺伝子との相同性が高いため、Uridine Kinase-Like Protein (UKL1)と名付け、この変異系統をukl1-1と名付けた。花成制御で中心的な役割を果たす複数の転写制御因子群(CO、FT、SOC1等)の遺伝子発現が概日リズムの制御を受けるため、今後は、このUKL1の発現自体が概日リズム制御系によって制御されているのか、あるいは、UKL1が概日リズム制御系の本体に関わっているのか等を解析する予定である。具体的には、既知の概日リズム制御遺伝子変異株におけるUKL1遺伝子の発現や、UKL1の機能欠損変異株における既知の概日リズム制御遺伝子の遺伝子発現をRT-PCR法によって調べる予定である。UKL1に関する別のアリル (ukl1-2)を得た。ukl1-1と同様の形質が見られるかを現在検討中である。ukl1-1とは別に、4系統の破壊株が短日条件下での生育遅延形質を示した。これらは、受容体型キナーゼとMAPキナーゼの遺伝子破壊株であることが判明した。ukl1-1と同様の解析を継続中である。現在までに、約400系統の候補の中で、33系統について解析を行った。今回用いたスクリーニング法が、光周期に依存した形態/成長制御過程に変異形質が見られるリン酸化酵素遺伝子の欠損株の単離/同定に有効であることが明らかとなった。今回用いた逆遺伝学的な手法により、概日リズム制御に関わる新規因子の迅速な単離が可能になると期待される。


      野生型            ukl1-1
図1



            野生型          ukl1-1
図2  花成時期