つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

15Nトレーサー法による海洋溶存態有機窒素の動態に関する研究

小澤 寿子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 濱 健夫 (筑波大学 生物科学系)


〔始めに〕
 現在海洋を循環する様々な物質については、炭素、リン、窒素などの生物元素を中心として研究が行われている。本研究ではその中でも窒素、特に海水中に溶けて存在している溶存態有機窒素(Dissolved Organic Nitrogen:DON)に着目して研究を進めた。
 海洋の溶存有機態窒素は海洋生態系・物質循環系の動態を知る上で重要な要素であるにも関わらず、海洋に溶存する炭素に関する研究に比べ研究例が少ない。その原因としては、総溶存態窒素(Total Dissolved Nitrogen:TDN)から溶存態無機窒素(Dissolved Inorganic Nitrogen:DIN)を除き、DONのみを単離する為の適切な手法が無かったことによる。本研究では、近年開発された脱塩装置を用いることにより、海水中から溶存無機窒素化合物を除き、DONの画分を単離することを試みた。また、海洋中におけるDONの動態を解析するための手法として15Nトレーサー法を適用するため、脱塩効率および同位体比の測定精度に関する検討を行った。さらに、15Nトレーサー法を用いて、自然微生物群集によるDONの生産と分解に関する培養実験を行った。

〔方法〕
(1)K15NO3(99atm%)を含む(5、10、20μMの3種の濃度)人工海水を調整し、脱塩装置(旭化成Micro Acilyzer S3)を用いて、脱塩作業を行った。脱塩した試料はエバポレーターにより減圧濃縮した。濃縮した試料は錫性カプセル中にいれたガラス繊維濾紙上に乾固した後、同位体比質量分析計により、窒素濃度および15N同位体比を測定した。
(2)アルブミンおよび15Nを含むクロレラ細胞から作成した試料を混合することにより、5種類の15N同位体比を持つDON試料を実験的に調整した。これらの試料の一方にトレーサーとしてK15NO3を添加した後、(1)と同様の作業を行い、DONの15N同位体比を測定した。
(3)博多湾より自然微生物群集を含む海水を採取し、トレーサーとしてK15NO3を添加した後、白色光下で12時間培養した。その後試料は暗中に移し、90日間に渡り培養を継続した。培養開始後12時間,24時間,72時間,15日,30日,90日目に一部の試料を採取し、ガラス繊維濾紙で濾過することによりDONを含む濾液を得た。濾液は上述した脱塩装置を用いて脱塩した後、DONの15N同位体比の測定に供した。

〔結果および考察〕
(1)脱塩後の試料において、残存する無機窒素化合物は極めて少なく、脱塩処理により添加したK15NO3が効率よく除かれていることが確認された。
(2)実験的に作成したDON試料の窒素同位体比は、K15NO3の添加試料においても、非添加試料の値を0.1atom%程度上回るのみであった。この結果は、トレーサーとして添加したK15NO3は、脱塩作業によりほぼ完全に除かれ、DONの窒素同位体比にはほとんど影響を及ぼさないことを示している。これより脱塩作業と組み合わせた15Nトレーサー法は、DONの動態の研究のために適用可能であることが明らかとなった。
(3)博多湾で行った15Nトレーサー実験において、DONの15N同位体比は12時間の明期中に増加を示した。これにより、植物プランクトンにより生産された有機窒素化合物が、DONとして海水中に溶存化していることが確認された。同位体比の上昇は試料を暗中に移してからも数週間は上昇し続けており、DONの生産が暗中でも継続していたことを示唆している。
 今後はこの本研究により確立した脱塩装置を用いた新たな手法を適用することにより、植物プランクトンによるNの取り込み量やバクテリアによる分解量などの評価を通して、海洋中のDONの動態をより詳しく解析できるものと思われる。