つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

有機基質制御型ナノCaCO3結晶成長の制御

茅野 啓介 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 白岩 善博 (筑波大学 生物科学系)



背景・目的
Fig.1
生物由来の鉱物はバイオミネラルと呼ばれ,人工的に合成された結晶に比べ複雑な構 造をしている.円石藻 Emiliania huxleyi が細胞表面に保持しているココリ スはCaCO3を主成分とするバイオミネラルの一種である.ココリスは直径 が数μmの円盤状で,数十個の結晶単位に分かれたカルサイト結晶より構成される非 常に複雑,かつ精巧な構造をしている(Fig. 1).そのため,その結晶成長の制御機 構は生物学だけではなく,物質・材料工学的な面からも注目を集めている.
バイオミネラルには有機基質と呼ばれる糖・タンパク質・脂質などで構成されるマト リックスが含まれており,これらはバイオミネラルを溶解することによって抽出する ことができる.それらの有機基質はバイオミネラルの結晶成長制御を担っていると考 えられているため,ナノ結晶成長制御有機因子として精力的に研究が行われている.
これまで,有機因子の解析はバイオミネラル内に含まれる物質を標的として行われて きた.この方法によって円石藻 E. huxleyi のココリスからは,ある種の酸 性多糖が見つかっているものの,結晶成長への直接的な関与は証明されていない. 本研究室では,E. huxleyi の単離ココリスの溶解により他の有機基質 の検索を試みたが,結晶成長に関与する有機因子の発見には至っていない.そこで, そのような因子を単離する手段として,in vitro でのCaCO3結晶 成長に対する促進・阻害の活性を測ることが重要であると考え,本研究ではCaCO3 結晶成長の定量法の確立を行った.

方法
CaCO3形成はCa++ + HCO3- → CaCO 3 + H+ の反応式で表され,結晶形成に伴いH+が生成するた め,pHが低下する.また,ある程度の大きさに成長したCaCO3結晶は溶液 中の濁度を上昇させる.そのため,NaHCO3にCaCl2を混合・攪拌し, 溶液中のpH及び570nmの濁度を測ることによりCaCO3結晶形成を定量する 方法が知られている.本研究では,これらの方法に適したNaHCO3,CaCl2 の濃度や反応温度を検討し,定量法の確立を行った.

結果・考察
Fig.2
NaHCO3とCaCl2を混合後,反応液の濁度は時間の経過ととも に上昇した.また,反応液のpHはCaCl2添加直後に低下し,一度上昇した 後,緩やかな曲線を描きながら低下した.両結果の比較により,pHの緩やかな低下が CaCO3結晶形成の量を示していると考えられる(Fig. 2).
次に反応温度の変化によるCaCO3結晶形成への影響を調べたところ,温度 の上昇によりCaCO3生成量が増加することが確認された(Fig. 2a).同 様に,反応液のCaCl2濃度を上昇させた場合も,CaCO3結晶形 成量が増加することが確認された(Fig. 2b).一方,NaHCO3濃度を上げ た場合,40mMでは20mMに比べCaCO3生成量が上昇することが確認されたが, 80mMでは減少することが分かった(Fig. 2c).
以上の結果から,有機基質によるCaCO3結晶成長への影響を測る場合には, 阻害・促進などの変化の見易さの点から20mM NaHCO3, 20mM CaCl2, 20℃の反応条件が最も適していると考えられる.反応基質の濃度変化・温度変化に対 応して,CaCO3結晶形成の変化を測定することができたため,本実験によ りCaCO3結晶形成の定量系が確立されたといえる.
今後,このアッセイ系を利用して,ココリス結晶形成に関わるタンパク質等の有機 因子の検索を行っていきたい.