木村 真子 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教官: 三輪 正直(筑波大学 基礎医学系)
<背景・目的>
Human T cell leukemia virus type 1(HTLV-1)とはヒトで初めて発見されたレトロウイルスのことで、Adult T cell leukemia(ATL)などを引き起こすとされている。
HTLV-1感染による細胞のがん化の機構はまだよくわかっていない。
感染によって細胞内に侵入したHTLV-1のゲノムRNAは、逆転写されゲノムDNAとなった後、細胞側のゲノムに挿入される。
HTLV-1の調節遺伝子taxの転写産物であるTaxが発現すると、HTLV-1のプロモーターに結合してウイルスの転写発現を促進するだけでなく、細胞側の転写因子と相互作用を起こし宿主遺伝子群の転写活性化・転写抑制などを起こすことがわかっている。
そのためTaxは感染細胞のがん化の初期段階には関与するとされている。
しかしATL患者の末梢血ではTaxはほとんど発現していないことなどから、HTLV-1感染細胞の増殖はTaxの作用だけでは説明しきれない点がある。
そこで私はHTLV-1プロウイルスのもつLong terminal repeat(LTR)の活性に注目した。
LTRとはレトロウイルスのプロウイルスDNAの両端にある長い塩基配列の繰り返し構造のことで、強力なプロモーター/エンハンサー活性をもつ。
そのためレトロウイルスの挿入部位近傍の宿主遺伝子の転写を活性化するシス効果を持つことがトリやマウスのレトロウイルスで知られている。
しかし今までHTLV-1ではLTRによるシス効果については全く知られていない。
このHTLV-1の組み込み部位の同定を通して、LTRによるシス効果を調べる基礎データを得る事を目的とする。
<方法>
HTLV-1感染細胞株からDNAを 抽出し、以下の方法により HTLV-1プロウイルスのゲノム上の挿入部位決定を行った。
@ゲノムDNAをPstTで切断し、T4 DNA ligaseにより環状化させた。
AHTLV-1のpX領域と3'LTRに外向きに設定したプライマーを用いてInverse PCR(I-PCR)を行った。
B得られたPCR産物はSouthern hybridization でLTRを含む特異的配列かどうかを確認した後、サブクローニングを行った。
C塩基配列を決定し、NCBIのBLASTサーチを用いてヒトゲノムと比較を行い、ゲノム上の挿入部位の同定を行った。
<結果・考察>
ATL由来のHTLV-1感染細胞株の一つであるED40515細胞のHTLV-1挿入部位を同定することができた。
HTLV-1のプロウイルスは12番染色体上にある遺伝子CDV-1の第10イントロンに挿入されていた。
このCDV-1のマウスでのホモログであるCdv-1は通常心室で発現しており、心臓の形体形成などに関与していると考えられている。
しかしヒトでは心筋でも血球系でも発現は確認されていない。この遺伝子については現在RT-PCRによりmRNAの発現を確認中である。
発現が確認できれば、このmRNAからの翻訳を特異的に阻害することで、細胞増殖等に影響が出るかどうかを検証してきたい。
また他のHTLV-1感染細胞株に関しても同様に調べていきたいと思う。