つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, xx   (C) 2004 筑波大学生物学類

ハサミムシ Anisolabis maritima の発生学的研究(昆虫綱・革翅目)―胚帯型―

草刈 万里子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 町田 龍一郎 (筑波大学 生物科学系)


[緒言]
 ハサミムシ目は多新翅類の一群である。この多新翅類は昆虫類の中でもっとも系統進化に関して議論が定まらないグループであるが、これは本類のグラウンドプランが明確に理解できないことによる。この一因となっているものにハサミムシ目の特異性があげられ、発生学的にもっとも問題となるのはその胚帯型である。昆虫の胚帯型には、最初から全体節の分化した長大な胚帯が形成される長胚型と、最初に頭部が形成され、その後、後方の領域が分化・増節して成長する短胚型がある (Krause, 1939; Sander, 1984)。ハサミムシ目が属す多新翅類は短胚型とされているが、ハサミムシ目は例外的に長胚型の発生を行うという(Heymons, 1895; 布施・安藤, 1983)。
 私はハサミムシ Anisolabis maritima を材料にハサミムシ目の発生学的研究を行ない、多新翅類ひいては昆虫類のグラウンドプランの理解をふかめ、高次系統を再構築することを目指している。今回、ハサミムシの胚発生の概略を記載している過程で、胚帯型に関して注目すべき結果が得られたので発表する。

[方法]
 夏から秋にかけて、ハサミムシ Anisolabis maritima を新潟県上越市高浜で採集した。飼育は、室温もしくは30℃で雌雄1匹ずつをペアにして同じ容器に入れるか、雌1匹を個別に容器に入れて行った。産下された卵は日を追って固定し、全体染色を施して観察した。固定はアルコール・ブアン液、ブアン液、カルノフスキー液、F.A.A. 液で、染色は、フェノール・チオニン液、DAPI 染色液、シッフ試薬で行った。

[結果・考察]
 ハサミムシは一度に約30個の卵を産下し、その卵期は30℃で13日であった。アルコール・ブアン液で固定した卵をフェノール・チオニン液で染色することで、胚発生過程の概略を観察することができた。その結果、胚発生初期に卵腹面後極よりに小さな胚盤ができ(図1)、その後、後方部が急速に分化し増節・伸長(図2)、やがて長大な全体節が分化した胚帯が完成する(図3)という過程が観察された。カルノフスキー液固定卵を、核特異性の高いDAPI 染色を施した場合でも同様の結果が得られた。
  Heymons (1895) と布施・安藤 (1983) は、ハサミムシ目が多新翅類の中では例外的に長胚型の発生を行うと報告している。しかし、本研究においてハサミムシも他の多新翅類と同様、短胚型の発生を行うことが明らかになった。今回の結果から推察すると、ハサミムシでは胚盤ができてから長大な胚帯へと成長する過程が急速に進むので、先行研究では短胚型を示すステージを見逃したものと考えられる。
 今回、多新翅類の唯一の例外とされていたハサミムシ目も、他の多新翅類同様に短胚型の発生を行うことが示された。これにより多新翅類のグラウンドプランが一つ、すなわち短胚型の発生を行うとのことが、明らかになったことになる。

[今後]
 ハサミムシの胚帯型をさらに明確にドキュメントするために、切片作製や分子発生学的手法を用いて研究を継続する。さらにより原始的なハサミムシ類であるムカシハサミムシ類も材料に含めるなどして、ハサミムシ目の胚発生過程を比較検討していきたい。そして、卵巣形態などの多新翅類内では特異的なハサミムシ目の各特徴も検討することにより、多新翅類ひいては昆虫類のグラウンドプラン、系統進化を論じていきたい。

[引用文献]
布施洋子・安藤 裕 (1983) 外部観察によるハサミムシ Anisolabis maritima Gené (革翅目) の胚発生. New Entomol., 32(2), 9-16.
Heymons, H. (1985)  Die Embryonalentwickelung von Dermapteren und Orthopteren unter besonderer Berücksichtigung der Keimblätterbildung. Gustav Fischer, Jena.
Krause, G. (1939)  Die Eitypen der Insekten. Biol. Zbl., 59, 495-536.
Sander, K. (1984)  Extrakaryotic determinants, a link between oogenesis and embryonic pattern formation in insects. Proc. Arthoropod. Embryol. Soc. Jpn., 19, 1-12.