つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

病原細菌における非翻訳型RNAによる毒素遺伝子発現制御機構の解析

工藤 稚子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 中村 幸治 (筑波大学 生物科学系)


<目的>

グラム陽性嫌気性の病原細菌であるウェルシュ菌は腸内細菌の一種であり、これまでの報告から、その毒素遺伝子群の多くの発現制御にVirR-VirS二成分調節系の下流に存在する非翻訳型RNA( VirR Regulated RNA, VR-RNA)が転写制御因子として関わっていることがわかっている。遺伝子の転写制御レベルで働くとされる非翻訳型RNAはウェルシュ菌のVR-RNA以外にも、黄色ブドウ球菌や肺炎双球菌において発見されており、VR-RNAによる発現制御機構を明らかにすることは、これらの非翻訳型RNAの働きを研究していく上で非常に意味があると考えられる。本研究では、VR-RNAによる遺伝子の発現制御機構を明らかにすることを最終的な目的とし、VR-RNA結合タンパク質の探索、及びVR-RNA制御下にあるタンパク質の網羅的探索を行う。

<方法>

VR-RNA結合タンパク質の探索:ウェルシュ菌野生株( strain13) にクロラムフェニコール耐性のpJIR418プラスミドを導入した株をクロラムフェニコール存在下において37℃で培養し、細胞抽出液を調製した。細胞抽出液を硫安分画により3段階のフラクションに分け、VR-RNA(Fig1)をプローブとしてゲルシフトアッセイによる結合タンパク質の探索を行った。

VR-RNA制御下にあるタンパク質の網羅的解析:ウェルシュ菌野生株(strain13)とVR-RNA遺伝子破壊株(TS140)にクロラムフェニコール耐性のpJIR418プラスミドを導入した株を、各々結合タンパク質探索の場合と同様の条件で細胞抽出液を調製した。次に、両者の細胞抽出液をAmersham bioscience社2D fraction kitにより6段階に分画し、それぞれのフラクションに対して二次元電気泳動を行った。さらに、発現に差異のあったスポットについてN末端解析によるタンパク質の同定を行った。

<結果>

ウェルシュ菌strain13株とTS140株の生育を測定したところ、両者に生育の差異はないことがわかった。また、ノーザン解析を行った結果から、対数増殖期中期においてVR-RNAが最も発現していることがわかったので、実験には全て対数増殖期中期にあたる時間で培養の菌を使用した。

結合タンパク質の探索:ゲルシフトアッセイをおこなった結果、全てのフラクションにおいてシフトバンドが得られた(Fig2)。各フラクションにおいてシフトパターンの異なるバンドが複数得られ、バンドの濃さも各バンドによりそれぞれ異なっていた。従って、ウェルシュ菌では少なくとも数種類のVR-RNA結合タンパク質が存在することが明らかになった。また、泳動の結果、硫安濃度が30%以上のレーンになると、フラクション中に含まれるタンパク質量が多く、ゲルシフトアッセイにおいて複数のバンドが重なって一つのバンドに写ってしまっていた(Fig2 lane3, 4)。従って、今後、各フラクションサンプルについてさらに分画を行い、より詳細な解析を行っていくことが必要であるといえる。

VR-RNA制御下にあるタンパク質の網羅的探索:strain13株及びTS140株のライゼートを分画後、濃度測定及びSDS-PAGE電気泳動を行い、分画後における各フラクションのタンパク質含有量を調べた。二次元電気泳動の結果、fraction6ではタンパク質がほとんど存在しないことが明らかになったため、fraction1-5のサンプルに関して二次元電気泳動を行った。その結果、strain13株とTS140株において差異のあるスポットがいくつかのフラクションで確認され、特にfraction4において最も明瞭なスポットが得られたため、ゲルをメンブレンに転写後、泳動の結果からfraction4で差異のあったスポットについてN末端解析を行いタンパク質同定を行った。


Fig1. VR-RNAの予測二次構造

Fig2. ウェルシュ菌ライゼートに対してVR-RNAをprobeに用いたgel shift assay
(シフトバンドを矢印で示す, lane1: total lysate,2: 硫安0-30%, 3:30-60%, 4:60%<)

<今後の予定>

結合タンパク質の探索においては、今回シフトバンドが得られたフラクションを、イオン交換カラム樹脂等を用いてさらに分画し、再びゲルシフトアッセイを行うことで最終的に結合タンパク質を同定し解析していきたいと考えている。一方、VR-RNA制御下にあるタンパク質の網羅的探索は、今回の結果で発現に差異が見られたスポットについてタンパク質の同定を引き続き行っていく予定である。また、タンパク質の同定を行った結果をVR-RNA遺伝子破壊株のマイクロアレイのデータと比較していくなど、VR-RNAの遺伝子発現制御メカニズムをさらに詳細に解析したいと考えている。