つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

円石藻におけるアルケノンの機能解析

窪田 雅子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 白岩 善博 (筑波大学 生物科学系)


背景・目的
 円石藻はハプト植物門に属する微細藻類であり,細胞表面に炭酸カルシウムを主成分とする鱗片状の殻 (円石)を形成する。円石藻の中でEmiliania huxleyiGephyrocapsa oceanicaは炭素数37〜39 ,不飽 和数2〜4の長鎖不飽和ケトンであるアルケノンを合成する。アルケノンの不飽和結合はすべてトランス 型であり,非常に長い直鎖状の炭素鎖を形成するため細菌による分解を受けにくく,海洋堆積物中に高 度に保存される。アルケノンを合成する生物は円石藻2種を含め,ハプト藻 Isochrysis galbanaChrysotila lamelloseの4種しか発見されていないため,アルケノンはこ れらの 種に特異的なバイオマーカーとなっている。また,アルケノンの不飽和数は合成時の温度により規定さ れるため,海洋堆積物中のアルケノンの不飽和度を測定することにより,その堆積物が作られた時代の 海洋温度の推定が可能であり,地球科学研究においてよく利用されている。しかし,生体内におけるア ルケノンの機能や合成・代謝経路は未解明である。
 そこで,本研究ではアルケノンの生理機能の解明を目的とし,生育条件がアルケノン合成に与える影響 の解析,及びアルケノン合成に関与するタンパク質の同定を行った。

方法
生育条件の違いによるアルケノン合成量の変化
 円石藻の培養温度を変化させ,アルケノン合成量に生じる変化を解析した。E. huxleyi 14C-NaHCO3を含むMA-ESM培地中で静置培養し,グラスフィルター濾過により細胞を 回収した。ジクロロメタン/メタノール(6:4)で脂質を抽出した後,シリカゲルカラムを用いたカラムク ロマトグラフィーでアルケノンを分離,精製し,液体シンチレーションカウンターで放射活性を測定した。
アルケノン合成に関与するタンパク質の検出
 E. huxleyi及びI. galbanaを光照射下,MA-ESM培地中で静置培養し,細胞を遠心回収 後,破砕した。脂肪酸合成における炭素鎖の伸長を触媒する酵素β-ketoacyl-[acyl carrier protein] synthaseの阻害剤3H-セルレニンを培養液中に添加し,その酵素との結合能を利用するこ とにより,セルレニン結合タンパク質を放射能でラベルした。細胞抽出液中のタンパク質をSDS-PAGEに より分離し,3H-セルレニンと結合したタンパク質をBASにより検出した。

結果・考察
生育条件の違いによるアルケノン合成量の変化
 生育温度が低温になるにつれてアルケノンの不飽和度が増加するという報告があることから,アルケノ ンは低温耐性に関与すると考えられている。しかし,培養条件を20℃から10℃に変化させた場合,アル ケノンを含む脂質全体の合成量が減少し(Fig.1a),さらに脂質全体に対するアルケノンの割合も 減少した(Fig.1b)。このことから,低温条件はアルケノン新規合成の誘導要因ではないことが示唆 された。今後も引き続き様々な条件で培養を行い,アルケノン合成量変化の解析により生理機能を特定 する。
アルケノン合成に関与するタンパク質の検出
 アルケノン合成が脂肪酸合成酵素阻害剤であるセルレニンにより阻害されたことから,セルレニンに より阻害を受ける酵素がアルケノン合成に関与していると推定した。そこで,3H-セルレニ ンを用い,セルレニン結合タンパク質の検出を行ったところ,30kDのセルレニン結合タンパク質を見 出した。今後このタンパク質の単離,同定を行うことにより,アルケノン合成に関わる酵素を特定する。