つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

テトラヒメナの細胞質分裂におけるタンパク質p85の機能解析

窪田 真澄 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 沼田 治 (筑波大学 生物科学系)


《導入・目的》
 細胞分裂は生物が自らの遺伝子を次世代に受け継いでいくうえで、最も基本的かつ必要不可欠な現象である。 そのうち真核細胞がおこなう体細胞分裂には有糸分裂と細胞質分裂があり、通常有糸分裂の終了と同時に細胞質分裂が起こり、細胞は二つに分裂する。 動物細胞の細胞質分裂においては、細胞の赤道面に主にアクチンとミオシンからなる収縮環が形成され、この収縮によって細胞が二つにくびり切られるのである。
 繊毛虫類テトラヒメナでは、この収縮環形成機構に関わると考えられているタンパク質が多数発見されているので、細胞質分裂のメカニズムをテトラヒメナを用いて明らかにしていきたいと考え本研究を行った。 私は、収縮環が形成される直前に細胞の赤道面上に局在する分子量85000のタンパク質に注目した。 このタンパク質はp85と名づけられており、単離されたp85はCa2+/CaM複合体とともにアクチンの収縮環形成に関わることが先行研究で明らかになっている。
 本研究では、このp85が実際に生体内で収縮環形成を誘導しているかどうかを調べ、細胞質分裂を引き起こす機構を解明することを目的としている。
 そのためにアンチセンスを使ったノックダウンによってp85の遺伝子の発現量を抑えるという手法を用いた。

《材料・方法》
 本研究においては材料としてテトラヒメナTetrahymena thermophilaの野生株CBTとCHTを用いた。
 方法として、アンチセンス鎖を細胞に導入することでp85の遺伝子の発現を抑えることができるノックダウンを使った。 リボゾームRNAの可変領域にアンチセンス鎖を結合すると、翻訳の段階でmRNAがアンチセンス鎖と相補的に結合するため、特定のタンパク質の遺伝子発現が阻害されるのである。
 最初に、アンチセンス鎖の作製のためにp85のcDNAから塩基配列の領域を決定し、その部位をPCRで増幅させた。 アンチセンス鎖には5'UTRとORFの一部を含むlong鎖とshort鎖の二種類をつくり、NotT,Acc65Tの制限酵素でそれぞれ処理した。 それらをライゲーションによってベクターに挿入した。ベクターにはp5318DNを用いた。
 ベクターを大腸菌で増やしたのち、精製したベクターをテトラヒメナに導入した。 この操作にはエレクトロポレーション法を用いた。 この際、p5318DNはパラモマイシン抵抗性となるベクターなので、培地にパラモマイシンを加えることでコンストラクトが導入されたテトラヒメナのみが生き残るようにすることができる。
 これによって得られたトランスフォーマントの表現型を観察し、さらに抗p85抗体を用いたウェスタンブロット法によって翻訳されたタンパク質量の確認をした。

《結果・考察》
 パラモマイシン抵抗性によってトランスフォーマントが得られた。 この表現型は野生型よりも形が大きく、動きも緩慢な細胞が多かった。
 トランスフォーマントの細胞の核をDAPIで染色したものを観察したところ、小核が二つないしは四つ存在する細胞がわずかだが見られた。 野生型のテトラヒメナの細胞では小核と大核はそれぞれ一つずつであり、小核分裂の後に大核分裂が起こり、大核は細胞質分裂と同時に完全に二つの娘核に分裂する。 p85は小核分裂のあとに赤道面上に局在することから、小核が四つ存在する細胞は大核分裂と細胞質分裂が起こらないまま次の細胞周期に突入した細胞なのではないかということが考えられる。 これはp85が細胞質分裂の引き金となる物質であることを強く支持するものである。 現在、これらのトランスフォーマントを再びとって、野生型との増殖率の対比と、ウェスタンブロット法によるp85の発現量を調べ、p85の機能を詳細に検討しているところである。