つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

培養細胞を用いたヒトSeptin Pnutl2に関する研究

小林 慎介 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 坂本 和一 (筑波大学 生物科学系)


≪背景・目的≫

 セプチン(Septin)は、分裂酵母から単離されたタンパクファミリーであり、現在までに酵母からヒトに至る幅広い種で様々な分子種が存在することが確認されている。一般に、セプチンは細胞質分裂や細胞骨格形成に関与していることが知られているが、近年では小胞輸送やキチン質合成さらに癌化やアポトーシスにも関与しているという報告がなされている。当研究室では、ヒトセプチンファミリーの一つであるPnutl2に着目し、研究を行なっている。
 Pnutl2は、心筋細胞や神経細胞など細胞分裂が停止した細胞に特異的に発現することがわかっている。すでに当研究室では、ヒト精巣cDNAライブラリーからPnutl2と新規イソフォームのcDNAクローンの単離、同定に成功している。先行研究の結果、癌細胞などの強い増殖活性を示す細胞にPnutl2のcDNAを導入するとアポトーシスを引き起こすことが示唆されているが、増殖活性の弱い細胞でのアポトーシスは検出されていない。このことから、細胞の増殖活性の違いによってPnutl2は異なる生理作用を示すと考えられる。
 本研究では、増殖活性とPnutl2の生理作用の関係を解明することを目的とし、NEC14細胞への導入実験を試みた。ヒト精巣teratocarcinoma由来の細胞種であるNEC14細胞は、HMBA (N,N'-Hexamethylene-bis-acetamide)処理により、分化時に特徴的な形態変化・増殖活性の減少を起こすことが知られている。そこで本研究では、NEC14細胞の分化の評価を行なうとともに、Pnutl2とそのイソフォームの、細胞の増殖活性に対する生理作用の変化に注目した。

≪方法≫

 以下の方法に従って、NEC14細胞の分化の程度について評価を行なった。
○RT-PCR法
 分化の分子的指標を調べるために本実験を行なった。6cm dish上で2日間培養した細胞に終濃度10mMになるようにHMBAを添加し、さらに1〜3日間培養を行なった。培養後、細胞からRNAを抽出し、分化マーカーとしての可能性が示唆されているTenascin、Thy-1、AFP、ALBの発現を調べた。
○MTT-assay
 細胞の増殖活性を、ミトコンドリアの呼吸量を計測することにより評価するために本実験を行なった。NEC14細胞を48well plate上に5×103または1×104cells/wellの密度でまき、2日間培養を行なった後、終濃度10mMになるようにHMBAを添加し、さらに0〜5日間培養した後にMTT-assayを行ない、細胞の増殖活性を調べた。
○形態観察
 分化誘導前後のNEC14細胞の形態的な変化を観察した。MTT-assayと同じ条件で培養した細胞を4%パラフォルムアルデヒドで固定後、位相差顕微鏡を用いて観察を行なった。
○細胞への導入実験
 NEC14細胞を6cm dish上に1×105cells/dishの密度でまき、2日間培養後にPnutl2を含むプラスミドDNAをリポフェクション法によって細胞に導入した。導入後24hまたは48h培養した細胞を回収し、Westen blotting法によるCaspase3活性の検出・LM-PCR法によるDNAラダーの検出・Hoechst染色による核観察を行ない、アポトーシスについての評価を行なった。 

≪結果・考察≫

 本研究によるMTT-assayの結果から、NEC14細胞の増殖速度が著しく減少することが明らかになった。形態観察からも、分化誘導後には複数の細胞が融合しあい、膜状の構造をとることを確認できた。RT-PCR法による検討では、AFPは分化誘導後に発現が見られなくなり、ALBは分化誘導後に発現することが確認できた。一方で、Tenascin、Thy-1は分化前後での明確な違いは見られなかった。以上のことから、HMBA処理によってNEC14細胞は分化を起こし、その分子的指標としてAFP・ALBを用いることができるのではないかと考えられる。
 また、細胞への導入実験においては、導入効率が極端に低く、期待されたような結果を得ることはできなかった。現在、導入効率の低さに関する原因の究明、対策について検討を進めているところである。
 今後、導入効率の検討が終わり次第、Pnutl2の生理作用の解明とその相互作用タンパクの同定などを行なっていく予定である。