つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

異なる光環境下におけるアマドコロの葉群構造の比較

斉藤 雄久 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 鞠子 茂 (筑波大学 生物科学系)


<背景>
 植物は自由に移動することができないため,環境に対してさまざまな生態的特性が遺伝的に変化し,それぞれの種が適応した場所に生育している.また,局所的に存在するジェネットであっても,環境の変化に応じてある程度可塑的に変化する能力を持っている.このように,環境に応じて変化する特性が,その植物にとってどのような利益をもたらしているのかということは大変興味深い.
 ユリ科アマドコロ属アマドコロ(Polygonatum odoratum var. pluriflorum)は多年生草本であり,林縁や林内でよく見られる.林縁と林内ではさまざまな環境要因に差異が認められるが,植物の生長にとって重要な光環境もその一つである.アマドコロが明るい林縁と薄暗い林内に生活し,個体群を維持できるのは,それぞれの光環境に応じて生態的特性を変化させているためと考えられる.光環境と植物の生長を関連付ける重要な生態的特性は群落レベルでの光合成である.群落光合成は個葉の光合成速度と葉群構造の二つの生態的要素によって規定される.分枝をしない本種は,湾曲した主茎の両脇に葉柄がほとんどない葉を互生するだけの単純な葉群構造を持っている.こうした単純な葉群構造を持つ植物が光環境に応じてどのような可塑的変異を示すのかは,これまでにあまり研究されていない.

<目的>
 本研究では光環境と葉群構造の関係に着目し,アマドコロの光獲得戦略を明らかにすることを目的とする.林縁と林内の異なる光環境下に生育するアマドコロ個体群を対象として,それぞれの葉群構造を比較するために,葉の形態,バイオマスの分配率,主茎の湾曲度,個葉の水平面に対する葉面角度,生産構造図などについて調査する.

<方法>
 国立環境研究所別団地実験圃場内にある落葉樹林の林内と林縁に生育するアマドコロ個体群について調査を行った.6月23日から27日にかけて,林内と林縁のアマドコロ群落直上の積算光強度を測定した.7月16日(林内),17日(林縁)に,各群落に1m×1mのコドラートを設置し,群落内の高さごとに水平面の光環境を測定した.さらに,葉の水平面に対する角度,茎の長さや湾曲度を測定した後,5cmの層ごとに地上部の刈り取りを行った.刈り取った地上部は葉と茎に分け,葉面積を測定したのち,乾燥機に入れて60℃で乾燥させ,乾燥重量を測定した.この結果を用いて生産構造図を作成した.また,6月30日にバイオマスの分配率と葉の形態を知るために,各群落に50cm×50cmのコドラートを設置し,地下部を含めて刈り取り器官別に分け,葉身長と葉幅長,面積を測定した後,乾燥させて乾燥重量を測定した.さらに,群落上の光環境,群落内の層別の葉面積と光強度,葉の水平面に対する角度から,アマドコロの葉群全体での受光量や単位葉面積あたりの受光効率を推定した.

<結果,考察>
 6月23日から27日にわたって測定したアマドコロ群落上の平均日積算光量子量は,林内で3.8 mol m-2 day-1,林縁で12.7 mol m-2 day-1であった.林縁は林内の3倍もの光強度がある事が明らかとなった.
 林内のアマドコロは,茎の湾曲度や生産構造図から,地上20-30cmで地表と水平な葉群構造を持つことが明らかとなった.通常,茎が直立している植物では,基部から先端にかけて徐々に茎の乾燥重量が減少するにもかかわらず,林内のアマドコロでは上部に茎の乾燥重量の局所的なピ−クが存在した.暗い林内では個体群密度が低く,光をめぐる競争が少ないため,葉を高い位置に保つ必要がないので,個体内での葉の相互被陰をなくすように茎を直立させない構造をしていると考えられた.また,葉身長/葉幅長比が大きい葉を水平に展開しており,隣接する葉との重なり合いをより小さくする受光体制を持っていると考えられた.
 一方,林縁のアマドコロは,茎葉が群落上部に集中することはなく,比較的一様な垂直分布をしていた.茎への生産物の分配率は林内で約7%,林縁で約13%であり,林縁は林内よりも茎に多く投資していた.光環境のよい林縁では個体群密度が高く,光をめぐる競争が激しい.そのため,茎を垂直に伸長させ,より高い位置に葉群を形成することで,受光量を多くしていると考えられた.また,葉群による光の吸収率を示す吸光係数(小さいほど光が透過しやすい)は,林内では1.58,林縁では1.09であり,林縁のほうがより下層まで光を透過させる葉群構造を持っていた.林縁のアマドコロは茎が直立しているため,葉に傾斜角度(葉身長方向:14.6°,葉幅方向:25.2°)をつけることにより,自己被陰を最小限に抑え,下層の葉でも光を受け取れるようにしていると考えられた.林縁のアマドコロの葉の形態は林内のものと比べて葉身長/葉幅長比が小さかった.このことは傾斜した葉がより多くの光を受け取るために有効な性質と考えられた.
 群落(1m2)内のアマドコロ葉群全体の受光量は,林内では1.3 mol day-1,林縁では8.4 mol day-1であり,単位葉面積あたりの受光の効率は林内は0.69,林縁が0.41だった.林内では,効率のよい受光体制をとることで暗い環境に生育しており,一方の林縁では,多少効率は悪くてもたくさんの葉を垂直方向に分布させることで全体の受光量を大きくしている.