つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ショウジョウバエ幼虫を用いた嗅覚行動の解析

下山 尚久 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 古久保−徳永 克男 (筑波大学 生物科学系)


目的

 学習・記憶は高等生物が環境に適応する上で重要な役割を果たす機能であり、その機構解明に向けて様々なアプローチがされている。人間の脳は1000億以上の神経からなる非常に複雑な構造であるのに対し、ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の脳は数十万程度の神経からなる比較的単純な構造である。にもかかわらず、学習・記憶といった高次機能を示すことが知られているため、学習記憶の研究のモデル生物として利用されている。成虫を用いての研究から脳内のキノコ体という神経構造が嗅覚学習・記憶の中枢であることがわかってきている。さらに学習・記憶の成立にはキノコ体を構成するニューロンにおけるcAMP経路が重要であることがわかっているが、個々のニューロンの役割など、詳細なメカニズムはよくわかっていない

 ショウジョウバエ成虫のキノコ体は複雑な構造であるが、幼虫のキノコ体は成虫に比べ細胞数も少なく、単純な構造をしている。にもかかわらず、成虫と同様、幼虫も嗅覚学習・記憶をすることが報告されている。よって詳細な学習・記憶メカニズムを解明する上で、より単純な脳の構造をもつ幼虫をもちいることは有利であると考えられる。

 幼虫の嗅覚学習行動の詳細な性質はほとんどわかっていない。揮発性などの物理的性質や、誘因性、忌避性などの生理作用の異なる多くの匂い物質の中から、幼虫の嗅覚学習行動実験系に適した匂い物質を選び出すことは、学習・記憶の詳細なメカニズムを解明する上で重要であると考えられる。当研究室の本庄により、幼虫が30種の匂い物質の識別ができ、そのうちの11種の匂い物質がスクロースとの連合学習をすることができることが示されたが、他の匂い物質の中にも連合学習を行うことができるものが存在することが予想される。連合学習が可能な匂い物質の中でも、条件付けによって誘因性がより高まるものが、より学習しやすい匂い物質だと言える。また、現在連合学習が可能と確認された匂い物質はそれ自体が誘因性をもつため、それ自体での誘因性がより低く、より条件付けによって誘因性が高まる匂い物質の方が学習行動実験系に適していると考えられる。よって更に新規30種の匂い物質の中から、より幼虫の嗅覚学習行動実験系に適した匂いを選出することを本研究の目的とした。

★材料と方法

・嗅覚学習実験系

 ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の野生型(CS)3齢幼虫を用いた。

 匂い物質に対する反応を示す指標としてResponse Index(RI)をもちいた。RIは次のようにして測定した。内径8.5cm、2.5%のアガープレートの中心に50〜100の幼虫を置き、プレートの両端に置いたろ紙片の片方に匂い物質を2.5μl滴下した後プレートのふたを閉め、3分後にそれぞれのろ紙から半径3cmの円弧内に移動した幼虫の個体数をカウントした。RIは匂い物質を滴下した側の円弧内に移動した個体数をNs、コントロールのろ紙側の円弧内に移動した個体数をNcとした時、RI=(Ns−Nc)/(Ns+Nc)として算出され、全ての個体が物質側円弧内に移動した時に1、全ての個体がコントロール側円弧に移動した時に−1を与える。従って、物質に対するRIが正の場合は正の走化性、負の場合は負の走化性であると考えられる。

 正の古典的条件付けによる実験系として条件刺激に匂い物質、非条件刺激に1Mスクロース溶液を用い、各匂い物質によるRIの変化を測定した。正の条件付けが成立すれば条件刺激(匂い物質)に対する誘因性が高まることが期待される。トレーニングは、1Mスクロース溶液、もしくはDW(コントロール)を1ml塗布したアガープレート上に幼虫を500〜1000匹程置き、匂い物質を10μlしみこませたろ紙を張り付けた蓋をし、30分静置する方法でおこなった。トレーニング直後に、トレーニングに使用した匂い物質に対するRIを測定し、スクロースを用いた場合とコントロールとで有意差がでるか調べた。

結果・考察

(1)まず、幼虫を用いた嗅覚学習行動実験系の再現性を確かめるため、当研究室の本庄によってスクロースとの連合学習を行うことが示されたγ―バレロラクトンについて追試を行った。その結果スクロースで条件付けした場合とコントロールで有意差がみられなかった。原因の検討を行った結果、幼虫を培地から掻き出す際に与える機械的な刺激が原因であると考えられた。このため、なるべく刺激を与えないで掻き出すようにしたところ、スクロースで条件付けした場合とコントロールとで有意差が見られた。

(2)現在30種類の匂い物質でスクロースとコントロールとで有意差が見られるか確認している。