つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

タイ国胆道がんにおけるXRCC1遺伝子多型の解析

鈴木 敦史 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 三輪 正直 (筑波大学 基礎医学系)


(背景と目的)
 タイ国東北部のKhon Kaen地方では寄生虫(Opisthorchis viverrini :Ov)感染によるものと見られる胆道がんが死因の上位を占めており、現地ではこのがんの新たな診断用マーカーや治療薬の開発が急務となっている。また我が国でも胆道がんは膵臓がんと並ぶ難治がんの一つであり、タイ国胆道がんの研究は我が国における胆道がん研究に重要な示唆を与えるものと期待される。
 なぜOv感染が高率に肝内胆管がんを起こすのかに関しては未だに良く分かっていない。同地方の住民の多くにOv感染の既往歴があると考えられているが、感染者の中にも胆道がんを発症する人としない人があり、発がんの過程に遺伝的要因が関与している可能性が考えられる。そこでDNA修復遺伝子の働きを決めている遺伝子多型に注目し、その一つの候補であるXRCC1遺伝子について実験を行った。
 XRCC1遺伝子はDNAのsingle strand break repair や塩基除去修復に関わるタンパク質群の足場として、それらの集合と拡散を時間的および空間的に制御する働きをしていると考えられている。Data baseにおける解析の結果XRCC1遺伝子には3箇所のsingle nucleotide polymorphism (SNP)があることが判明しているが、特に399Arg(R)→Gln(Q)のアミノ酸の変化を引き起こす28152番目の塩基における変異は、乳がんや肺がんなどにおいて発がんの危険性を高めることが報告されている。本研究はこのSNP(399R→Q)とタイ国胆道がんとの関係を分子疫学的に調査することにより、XRCC1多型が新たな予防・診断・治療の標的となる可能性について調査することを目的とするものである。

(材料と方法)
 材料:タイ国胆道がん患者、および年齢・性別・居住地区をmatchさせた対照者から採取された血液から単離・精製したgenomic DNAサンプル238検体。
 方法:PCR-RFLP法。XRCC1タンパク質の399R→Q残基に相当する、XRCC1遺伝子の28151〜28153番目の塩基の前後、計615bpにわたるDNA配列をPCRで増幅し、その増幅断片を制限酵素(MspI/HpaII)で切断した。この制限酵素はCCGGという配列を認識して特異的に切断する。これはwild typeのXRCC1遺伝子の28150〜28153番目の塩基に相当する。しかし変異が入って配列がCCAGになるとこの酵素では切断されない。切断された断片と切断されなかった断片では断片の長さが相対的に大きく異なるので、この違いをアガロースゲル電気泳動におけるバンドの移動度の違いとして検出することによりSNPを判定した。

(結果と考察)
 データを集計したところ、症例ではR/R(wild typeのhomozygote)が67サンプル(57%)、R/Q(heterozygote)が40サンプル(34%)、Q/Q(mutantのhomozygote)が10サンプル(9%)であった。それに対し対照群ではR/Rが70サンプル(58%)、R/Qが38サンプル(31%)、Q/Qが13サンプル(11%)であった。R/R、R/QおよびQ/Qの出現率は症例群と対照群で有意な差は見られなかった(Fisher’s exact probability, 0.588, 0.375, 0.362)。さらに生活習慣などによる影響について統計処理による詳細な解析を現在行っているところである。