つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

イネ培養細胞のテロメラーゼ活性に対する低温ストレスの影響

須田 教子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 酒井 慎吾 (筑波大学 生物科学系)


背景・目的

 真核生物の染色体末端には、テロメアという構造が存在する。 テロメアは、反復配列のテロメアDNAと各種の結合タンパク質から構成されており、染色体の安定化、異常な組換えの防止といった役割をもっている。 しかし、末端複製問題により、テロメアは完全には複製されず、細胞分裂の度に短縮していく。 そのため、多くの生物はテロメラーゼという逆転写酵素を用いて、短縮したテロメアを再び伸長させている。 テロメラーゼは、テロメア配列に相補的な配列を含む鋳型RNAと、逆転写活性をもつサブユニットのTERTからなる。 植物のテロメラーゼは分裂組織、生殖細胞、培養細胞などで高い活性を示すため、細胞の分裂活性とテロメラーゼ活性の制御機構との関連性が予想されている。 しかし、植物の生育にとってテロメラーゼが実際にどのような役割を果たしているかはよく知られていない。

 植物は、内的要因のみならず、外環境の変化によっても生育に大きな影響を受ける。 本研究では、環境変化と生育との関連について研究が進んでいるイネを材料とし、環境ストレスとして低温をとりあげた。 低温処理により、茎頂における生長遅延または停止、花成の停止、細胞周期の進行遅延などが起こることから、テロメラーゼ機能にも関係する可能性が高いと考えられる。 本研究ではまず、低温処理がイネ培養細胞のテロメラーゼ活性及びTERT遺伝子発現に及ぼす効果を調べることにより、低温による生育阻害とテロメラーゼ機能との関係を明らかにすることを目的とした。

方法

イネ培養細胞の低温処理

 材料として、イネ細胞を室温(28℃)下、N6培地で振とう培養し、4日おきに1ml cell volumeずつ新しい培地に植え継いだものを用いた。 植え継ぎ0日目から低温(4℃)下に置いて8日間培養し、これを低温処理区とした。 また、4℃下に2日間置いた後、28℃下に戻して8日間培養し、これを回復処理区とした。 それぞれ2日おきに細胞をサンプリングし、fresh weightを測定した。

Stretch PCRによるテロメラーゼ活性の測定

 細胞からtotal proteinを抽出し、20μgを用いて28℃下でテロメア伸長反応を行った後、反応産物を精製し、α32P-dCTP存在下でPCRを行った。 これを7%アクリルアミドゲルで電気泳動し、BAS5000を用いて定量した。

RT-PCRによるTERT遺伝子発現の測定

 細胞からtotal RNAを抽出し、1μgを用いてcDNAを合成した。 これを用いて、PCRによりTERT遺伝子の一部を増幅した後、Southern-hybridizationを行い、BAS5000を用いて定量した。

結果・考察

 低温処理区では、8日間の培養で細胞のfresh weightが殆ど増加しなかったことから、低温下では細胞の生長(分裂または伸長)が停止していると考えられる。 この期間、細胞内のテロメラーゼはある程度の活性を示すものの、controlの0〜8日目にみられるような活性の変動を示さず、ほぼ一定に保たれていた。 また、低温下ではTERT遺伝子の発現が全くみられなかった。 この結果から、細胞の生長が停止している期間、テロメラーゼはある程度の活性を維持したまま細胞内に保存されており、その間は新しくTERT mRNAの転写が行われないものと考えられる。

 一方、回復処理区では、室温に戻した時点から細胞のfresh weightが増加し始めるものの、その増加曲線はcontrolに比べてやや緩やかなものとなった。 この期間のテロメラーゼ活性変動にはばらつきが大きいが、controlでみられるような活性の変動はみられなかった。 また、TERT mRNAの転写量は常温に戻すと再び回復した。

 今後の研究では、低温下で細胞の分裂及び伸長がどのような影響を受けるかを、培養細胞のみならずイネ植物体を用いて具体的に検証するとともに、低温処理がテロメラーゼ活性及びTERT転写をどのように調節するか、それらの機構を詳細に解析する予定である。 また、今回みられたような結果が、低温ストレスに特異的なものか、または低温以外の要因によってもみられるものかを明らかにする予定である。