つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

遺伝子発現制御に関わるゲノム機能領域のスクリーニング系の構築

関屋 健史 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 永田 恭介 (筑波大学 基礎医学系)


(背景と目的)
 多細胞生物の個体は一つの受精卵が分裂及び分化をへて形成され、全ての細胞は同一のゲノムを持つクローンである。しかし細胞の種類が変われば発現している遺伝子の種類も大きく変わることが知られており、それが細胞の個性を決めていると考えられる。
 遺伝子の発現は様々な段階で制御されうるがその中でもっとも上流で作用するのは転写段階での制御である。転写反応はコアプロモーターに転写因子やその他の因子が結合して転写開始複合体を形成することにより起こり、これを様々なシス及びトランス作動性因子が正負に調節することで細胞特異的な遺伝子の発現が実現されている。これらの調節を受ける遺伝子の本体はDNAであり、核内においてDNAはヒストン及びその他のDNA結合蛋白質により凝縮したクロマチン構造をとって存在している。クロマチンは転写反応の実際の鋳型であり、ヒストンが結合した状態では転写に対し負に働くと考えられている。転写の状態によりクロマチンはその構造をダイナミックに変化させることが知られており、クロマチン構造の制御が転写の制御に先立って行われていると考えられる。細胞特異的な遺伝子発現を理解するためには、転写制御とともにクロマチン構造制御の理解が重要であると考えられており、現在クロマチン構造を制御する機構が盛んに研究されている。
 クロマチン構造制御機構の一つにクロマチンの高次構造による制御があげられる。クロマチンはDNA-蛋白質複合体であり、ゲノム中にはクロマチン構造制御に関わる因子の結合に必要な多くの機能的配列や高次構造をとる配列が存在すると考えられている。細胞のゲノムに遺伝子が挿入された際に転写が抑制される位置効果という現象が知られているが、これはゲノムに入った挿入遺伝子が周囲にある機能領域などの影響によりクロマチン構造を確立し、その転写がクロマチン構造レベルで抑制されるためであると考えられている。このような機能領域については現在まで、周囲から独立したクロマチン構造を作るβ-グロビン遺伝子座のLCRや、ヘテロクロマチンの維持に関わるとされるポリコーム遺伝子群の結合配列PREなどが知られている。しかしゲノム中にはいまだ未知の多くの機能領域が存在するものと推定される。そこで本研究ではこのクロマチン構造制御に関わる機能領域を広く解析するためのスクリーニング系を構築することを目的とした。

(方法)
 ゲノム機能領域のスクリーニングはレポーター遺伝子をNIH3T3細胞及びHeLa細胞にエレクトロポレーション法により導入し、その遺伝子の活性の変化をもとに行った。遺伝子はゲノムに挿入されているが転写が抑制されている細胞においてもクローンを樹立できるようにするため、薬剤による選択圧をかけずにクローニングを行った。

(結果)
 レポーター遺伝子としてウミシイタケルシフェラーゼとGFPの融合蛋白質を作成した。プロモーターには様々な組織で恒常的な発現が期待されるチキンβ-アクチンプロモーターを用いた。GFPの蛍光により発現がリアルタイムで確認でき、定量的な発現量の変化はウミシイタケルシフェラーゼの活性により測定することができる。
 この作成したベクターをエレクトロポレーションによりNIH3T3細胞に導入した。3x106個の細胞にレポーター遺伝子とヒトCD4変異体遺伝子をコードしているpMACSベクターを同時にトランスフェクションした。コピー数のコントロールのため、導入を行うDNA量について検討を行った。pMACSより発現するCD4変異体は抗原結合部位にマイクロビーズを結合させることができ、これをマグネットにより分離することでトランスフェクションが成功している細胞を濃縮した。トランスフェクションの24時間後にマグネットによる分離を行い、得られた細胞を集団として培養した。その後、細胞数を計測し、96穴培養プレートを用いて一つの細胞由来のクローンを樹立した。今後、得られたクローンについて、サザンハイブリダイゼーション法により遺伝子のゲノムへの挿入の有無とコピー数の検討を行い、またレポーターの発現状態の変化を追うとともに、遺伝子が挿入された領域を決定し、周囲の遺伝子の発現状態との比較、クロマチン構造の解析等を行う予定である。