つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

アカマツ林床における光環境とイチヤクソウ属草本植物2種の分布パターン

高橋 玲奈 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 鞠子 茂 (筑波大学 生物科学系)


背景と目的
 全ての生物は、種ごとに環境に適応し相互に作用を及ぼしあって分布している(ニッチ)。林床は、光や温度などが外部と全く異なる環境である。そしてその環境は、一様に見えても時間的・空間的に異なっている。このような時空間的な環境の分布をどのように林床植物が利用しているかというのは、大変興味深い問題である。
 菅平のアカマツ林には、高木層にシラカバ、低木層にレンゲツツジなどの落葉樹が混在している。アカマツは年間を通して林冠に葉をつけているが、秋から春にかけて落葉樹の林床は他の場所より多くの光が差し込む。このように、上層の樹木によって林床の光環境に時空間的な分布ができる。
 イチヤクソウ属は林床に生育する常緑多年生の草本植物であり、このうちベニバナイチヤクソウ(Pyrola incarnate)とジンヨウイチヤクソウ(Pyrola renifolia)は、菅平のアカマツ林の林床に生育している。この2種のイチヤクソウ属は同じアカマツ林床に存在しながらも生育場所を違えている様子が見られる。ベニバナイチヤクソウの方がジンヨウイチヤクソウよりも大型であるが、これはベニバナイチヤクソウの方が高い生産量をもつためと考えられる。生産力の差異は純光合成能と受光量の差異と関係があるためと考えられる。そこで、ベニバナイチヤクソウはジンヨウイチヤクソウよりも光が多い環境に分布し、陽葉タイプの光合成特性をもつと仮定し、それを検証するために、次の2点について調査を行った。
   ・林床の光環境の分布と2種のイチヤクソウの分布に関係があるかどうか
   ・2種のイチヤクソウが異なる光環境に生育しているとすれば、それぞれの光環境に対して、どのような機能や形態を持つことで適応しているのか

方法
 長野県にある筑波大学菅平高原実験センターのアカマツ林に50m×50mの調査区を設置し、調査区内の2種のイチヤクソウの分布と生育期間中の光強度の空間分布を調べた。また、バイオマスの季節変化やフェノロジーを明らかにするために、毎月刈り取り調査を行い、器官別に乾燥重と葉面積を測定した。また、携帯型光合成蒸散測定装置LI-6400を用いて個葉の光合成速度を測定した。

結果と考察
 林床の光環境は、春や秋には空間的に大きな差異が見られたが、夏にはほぼ一様に暗かった。2種のイチヤクソウの分布は春や秋の光の空間分布と類似しており、春や秋に明るいところにはベニバナイチヤクソウが、暗いところにはジンヨウイチヤクソウが多く存在した。春や秋に暗いところにはアカマツが多く生え、明るいところにはアカマツが少なく落葉樹や夏緑性草本が優占していた。以上より、ベニバナイチヤクソウは比較的明るい所、ジンヨウイチヤクソウは比較的暗い所に分布しており、こうした林床の光環境の空間変異は常緑性または落葉性の樹木の分布によってもたらされていることが明らかとなった。
 ベニバナイチヤクソウはジンヨウイチヤクソウよりも開葉、開花、越冬芽形成の時期が早かった。また、バイオマス成長も春に大きかった。菅平のような積雪地域に生育する常緑性林床草本にとって雪解けは生育期間の始まりである。落葉樹の下に多いベニバナイチヤクソウは林床に差し込む光によって、雪解けが早い。そのため、雪解け後、当年葉を一斉に開葉し、早春の光を利用して急速に成長することが可能であると考えられた。一方、常緑樹の下に多いジンヨウイチヤクソウは年間を通して暗い場所に生育するので、徐々に開葉するパターンを示す。これは、十分な光を保証されない環境で有効な成長戦略であると考えられた。また、遅い開花と越冬芽形成もこうした成長戦略の違いを反映しているものと推察された。
 光合成測定結果は、強光条件ではベニバナイチヤクソウが、弱光条件ではジンヨウイチヤクソウが大きな光合成を示した。この結果は、両種が生育する光環境の差異と対応しており、ベニバナイチヤクソウは陽葉タイプ、ジンヨウイチヤクソウは陰葉タイプの光合成特性をもつことが明らかとなった。形態の面では、単位葉重量あたりの葉面積(SLA)や個体の総重量に対する葉面積の割合(LAR)に2種間で大きな違いは見られなかった。このことから、2種のイチヤクソウ属は葉形態よりも光合成能を変化させることにより、それぞれの光環境に適応していると考えられる。