つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ニンジン胚形成における胚特異的転写制御因子に関する研究

田上 泰史 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 鎌田 博 (筑波大学 生物科学系)


<背景と目的>
 種子植物の生活環は、受精による種子胚発生から開始する。正常な種子胚発生には、正しい場所、正確な順序で多様な遺伝子が発現することが必須であり、その発現制御機構の解析は胚発生機構の解明において非常に重要と考えられている。しかし、被子植物においては、胚が母植物体の組織に覆われているため、胚発生過程の連続的観察や胚のみを用いた研究は困難である。そこで、雌性配偶体が胚珠から突出しており、受精および胚発生初期過程を非破壊で連続観察することが可能なトレニア(Torenia fournieri)が最近観察材料として用いられるようになってきた。一方、植物においては、一度分化した体細胞であっても適切な条件下では種子胚発生と類似した形態変化を経て植物個体を再生させる、体細胞不定胚形成が知られており、胚(不定胚)のみを単独で大量に得ることが容易なことから、実験において種子胚発生のモデル系として生理学的・分子遺伝学的解析が行われてきた。私の所属する研究室では、以前から、不定胚形成のモデル植物であるニンジン(Daucus carota)において、胚特異的遺伝子C-ABI3の発現制御機構の解明を目的とし、C-ABI3プロモーターシス領域の同定および、その転写制御因子(CEE1BF-C)の解析が行われてきた。私は、これらの胚特異的遺伝子の発現制御機構をさらに詳細に解析し、植物における胚発生制御機構の一端を明らかにすることを目的として、卒業研究を行った。
 具体的には、胚発生初期におけるC-ABI3およびABI3C-ABI3のシロイヌナズナにおける相同遺伝子)の時間的・空間的発現解析を詳細に行うため、形質転換トレニアを用いた初期胚観察系の確立を試みた。また、CEE1BF-Cのプロモーター解析を行い、その胚特異的発現を制御するプロモーターシス配列の同定を試みた。

<方法>
・トレニアを用いたC-ABI3・ABI3の発現観察
 C-ABI3プロモーター(約1Kbp)とABI3プロモーター(約1.4Kbp)の下流にGUSレポーター遺伝子をつないだコンストラクト(C-ABI3pro::GUS ABI3pro::GUS)を導入した形質転換体を育成し、人工授粉によって未熟種子胚を得た。受粉後は連続的にサンプリングを行い、子房を解剖した後、GUS染色および顕微鏡観察を行った。
CEE1BF-Cプロモーターコア配列の探索
 まず、CEE1BF-C 5’上流域に存在する既知のプロモーターシス配列を検索した。これらの位置に注意しつつ、この領域上に3種類のプライマーを設計し、PCR法によってプロモーターデリーションクローン(C2; -515~+47、 C3; -311~+47、 C4; -168~+47)を作成した。各デリーションコンストラクトをGUSにつなぎ、植物導入用コンストラクトとした。各コンストラクトを、 播種後2週間目のニンジン実生の下胚軸(約1cm)にアグロバクテリウムを介して導入し、カナマイシンによる選抜を行い、形質転換Embryogenic Cells(EC)を得た。得られたEC ラインについて、GUS発現を観察すると同時に、不定胚および植物体の誘導を行った。

<結果と考察>
・トレニアを用いたC-ABI3・ABI3の発現観察
 C-ABI3pro::GUSを導入した3系統の植物体を用いて観察したところ、受粉後10日目と、14日目のサンプルの一部において弱いGUS発現が珠皮で見られた。しかし、受粉後10日目と、14日目の未熟種子胚では、GUSの発現は確認できなかった。
 同様に、ABI3pro::GUSを導入ラインした5系統について観察を行った。受粉後3日目、6日目、10日目(球状型胚〜心臓型胚)の胚においてはGUS発現は確認できなかったが、受粉後14日目の 胚(心臓型胚〜魚雷型胚)においては2系統でGUS発現を確認できた。しかし、14日目の胚においてもGUSの染色性を示す胚の出現頻度は5%以下と非常に低かった。一方、珠皮については、10日目以降はすべての系統でGUS発現を確認できた。
 今回トレニアに導入したコンストラクトはいずれも、オリジナルの植物においては胚における発現を誘導できることがすでに示されている。しかし、形質転換トレニアにおいてはGUS発現を示す胚がごく少数しか観察できなかった。このことから、今回用いたC-ABI3・ABI3の長いプロモーターはトレニアにおいては正常に機能しない可能性がある。今後は、胚特異的な遺伝子発現を誘導できることが示されている短いプロモーターシス配列のコンストラクトを導入し、観察を行う予定である。
CEE1BF-Cプロモーターの解析
各プロモーターデリーションコンストラクトを導入したECを用いて、GUS染色を行ったところ、C2ではすべてのライン(23ライン)、C3とC4ではほとんどのライン(各、11ライン中10ラインと、26ライン中24ライン)において、GUS遺伝子の発現が見られた。現在、不定胚における観察を進めているが、ECと同様の傾向が観察されている。これらの結果から、TATA様配列の上流約100bpの中に胚特異的発現に重要なシス領域が存在する可能性が示唆された。今後は、不定胚および植物体における観察を進めるとともに、今回特定された100bpの領域についてさらに詳細な解析を行い、CEE1BF-Cプロモーターシス配列を同定したいと考えている。