つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

マリモ(Aegagropila linnaei )の暗順応

千国 友子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 井上 勲 (筑波大学 生物科学系)


背景・目的
 マリモ(Aegagropila linnaei )は緑色植物門アオサ藻綱に属する藻類で、大型の球体を形成することで有名である。球体を割ると、中まで緑色の糸状細胞が詰まっている。光のほとんど届かないはずのマリモの球体内部で細胞がなぜ生き続けられるのか興味が持たれ、これまでに球体を用いたいくつかの研究がなされてきた。しかし、自然界でマリモは、浮遊、堆積、着生の糸状体としても存在する。このような体制の藻体でも暗条件下で生息することが確認されており、暗所における耐性は球体の形成とは無関係な特性であると考えられる。球体を用いた研究では、細胞間の相互作用など光以外の要因を排除できず、光のみに対する反応を見ることが難しい。そこで本研究では、分散した状態の糸状体を材料に、光と光合成活性・色素・細胞内構造の関係を調べ,結果を多様な環境で生育した天然の藻体のそれと比較した。


方法
 マリモの糸状体を明条件下(20〜70μE/m2/sec)と暗条件下で3‐4ヶ月培養し、各条件に順応させた。この藻体を材料に酸素電極を用いて呼吸・光合成速度を測り、代謝活性を比較した。また、HPLCを用いて光合成色素の量比を測定した。阿寒湖の様々な場所で採取した天然の藻体においても同様に色素を測定し、比較対象とした。また、明暗条件が細胞内微細構造に及ぼす影響を調べるために、化学固定した試料の超薄切片を作成し、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察を行った。


結果・考察
 光合成活性:明所の藻体は、呼吸量の3‐4倍(20μE/m2/sec)、5‐6倍(70μE/m2/sec)の最大光合成速度を示した。一方、長期間暗所に置いたマリモの光合成速度は極めて遅く、最大でも呼吸速度と等しい程度であった。暗所に順応した細胞では、一過性の光が当たっても貯蔵にまわせるだけの同化は起こらないと考えられる。暗所の藻体を明所に移したところ、約1日で光合成活性の回復が見られた。球体内部でも光照射による日単位の光合成活性の回復が報告されている。
 色素:暗所で培養したマリモは、明所のそれより多くのクロロフィル(Chl)を含有していた。マリモはChl aとChl bを含むが、その存在比は光条件に関わらず一定(Chl a/b≒4)であった。天然の試料を用いた測定でも同様の値が得られ、光環境によってChlの量は変動してもChl a/b比は一定に保たれることが判明した。暗条件下でChl量が増加するのは、アンテナの役割をするChlを増やしているためと考えられる。また、カロテノイドでは、ルテイン(Lut)とロロキサンチン(Loro)を多く含み、その比Lut/Loroは明所で大きく、暗所で小さくなった。この傾向は天然の試料でも確認された。これまでにLutは光合成に利用しきれない過剰な光を消去することが知られている。またLoroはLutを合成するためのプールとなることが知られている(Loroサイクル)。これらのことから、マリモはLoroサイクルを使って光合成に用いるエネルギーの調節をしていると考えられる。
 細胞内構造:明暗条件による細胞構造の顕著な違いが葉緑体で認められた。明条件下の細胞では、葉緑体は不規則な形で密接していた。葉緑体内には多数の大型デンプン粒が存在し、ピレノイドのデンプン鞘も発達していた。チラコイド膜は粗で、明瞭なグラナはほとんど見られなかった。一方、暗条件下の葉緑体はレンズ型を呈し、細胞内に散在していた。葉緑体内にはデンプン粒がほとんどなく、ピレノイドのデンプン鞘も薄いか欠失していた。チラコイド膜は密で、グラナ構造を形成していた。今回観察されたデンプン粒・ピレノイド・チラコイド膜の光条件による差は、球体マリモの表層と内部での違いに類似し、また、一部の緑色植物でも同様の反応が報告されている。しかし、葉緑体の外形に見られた違いは球体マリモではむしろ逆の状態が報告されている。球体マリモでは光以外の要因によって葉緑体の外形が変化したものと思われる。