つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ハプト植物におけるグリコール酸の代謝

辻 敬典 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 白岩 善博 (筑波大学 生物科学系)


背景・目的
 ハプト植物は海洋に生息する単細胞性の微細藻類である.世界中に分布し莫大なバイオマスを有するため,地球規模での炭素循環に大きな影響を与えると考えられている.また,大規模なブルームを形成するほどの増殖能力を持つことから,効率の良い炭素固定機構を持つことが予想される.しかし,細胞レベルでのCO2に対する親和性は緑藻等と比較すると低い.このような性質の場合,カルビン回路におけるCO2固定酵素Rubisco (Ribulose 1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenase)のO2固定速度が増加し,CO2固定効率が低下する.さらに,一般にO2固定産物であるグリコール酸を代謝する過程ではエネルギーを消費するため,エネルギー利用効率も低下する.
 しかし,ハプト植物においてO2固定に関する研究はほとんど行われておらず,グリコール酸経路の存在も明らかではない.そこで本研究ではハプト植物においてグリコール酸経路が機能しているか否かについて解明することを目的とした.

結果と考察
@阻害剤を用いたグリコール酸代謝経路の解析
 緑藻ではAOA(アミノオキシ酢酸)によりグリコール酸の代謝が阻害され,培地中にグリコール酸を放出する.そこで2種のハプト植物Emiliania huxleyi およびIsochrysis galbanaを用いてAOAによりグリコール酸の代謝が阻害されるかを調べた.Rubiscoのオキシゲナーゼ反応に有利な高酸素濃度(50% O2通気)および強光条件下(600μmol photons・m-2・s-1)で培地中にAOAを終濃度1mMとなるように添加し,培地中に放出されるグリコール酸を定量した.グリコール酸は高速液体クロマトグラフィーにより検出・定量した.また,コントロールとして緑藻Chlorella sp. を用いて同様の実験を行った. その結果, Chlorella sp. (コントロール)ではAOA処理により培地中へのグリコール酸の放出が誘導されたが, E. huxleyi およびI. galbanaではグリコール酸は全く検出されなかった(Fig. 1).そのためハプト植物において緑色植物型グリコール酸代謝経路は機能していないものと推測した.
A放射性グリコール酸を用いたグリコール酸代謝経路の解析
 E. huxleyiが培地中のグリコール酸を細胞内に取り込むかを調べた.培地中に14C-グリコール酸を添加したのち,シリコンオイルレイヤー法により細胞を回収し,液体シンチレーションカウンターにより放射活性を測定した.その結果,E. huxleyiは培地中の14C-グリコール酸を細胞内へ取り込むことが分かった. そこで細胞内に取り込まれた14C-グリコール酸がどのように代謝されているかを調べるために,細胞内低分子を80% メタノールで抽出して薄層クロマトグラフィーで分析した.その結果から,取り込まれた14C-グリコール酸はグルタミンに代謝されることが確認された(Fig. 2).緑色植物に見られるグリコール酸経路では,グリコール酸の炭素がグルタミンに転移することはないため,その他の経路によってグリコール酸が代謝されるものと推測される.


Fig. 1 AOA添加後の培地中グリコール酸の経時変化



Fig. 2 薄層クロマトグラフィーによる産物分析
A, 14Cグリコール酸添加90分後の80% メタノール可溶性画分の薄層クロマトグラム(BAS画像)
B,スポットXを再抽出してGlnと混合し1次元展開した薄層クロマトグラム(BAS画像とニンヒドリン発色画像を重ねた画像)
マーカーにはオレンジI (O)とポンソーR (R)を用いた