つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ホトケドジョウ類の保護のための系統地理

中尾 光信 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 宮崎 淳一 (筑波大学 生物科学系)




《導入・目的》
 ホトケドジョウ類(Lefua)はコイ目タニノボリ科フクドジョウ亜科に属し、ホトケドジョウ(Lefua echigonia)、エゾホトケドジョウ(L. nikkonis)、ヒメドジョウ(L. costata)の3種が記載されている。ナガレホトケドジョウ(L. sp.)は、生態的、形態的にホトケドジョウと区別されるが現在未記載種である。
 ミトコンドリアDNAのD-loop領域の配列を用いたホトケドジョウ類の系統解析によって、ホトケドジョウとナガレホトケドジョウは遺伝的に区別することができ、これらは別種であることが支持された。また、ホトケドジョウとナガレホトケドジョウは種内変異が大きく、それぞれ6つの地域集団(東北集団、北陸集団、近畿集団、東海集団、北関東集団、南関東集団)と2つの集団(紀伊-四国集団、山陽集団)に分けられた。これらの種内集団の分布はメダカのそれと類似性がみられ、日本の淡水魚相形成史を反映していると考えられる。
 ホトケドジョウとナガレホトケドジョウはレッドデータブック(環境庁)により絶滅危惧TB類に、エゾホトケドジョウは絶滅危惧U類に指定されており、保護対策が必要とされている。本研究では、日本の淡水魚相の形成史を明らかにするとともに、ホトケドジョウ類の系統保存の指針を得ることを目的として、その分布の境界にあたる地域でのより詳細な解析を試みた。
 
《材料・方法》
 本研究では以下のホトケドジョウ類のミトコンドリアD-loop領域の配列を決定した。
 ・ホトケドジョウ;福島県(塙町)、茨城県(千代田町、関本町、八郷町)、千葉県(大栄町)
 ・ナガレホトケドジョウ;岡山県(富村)
 ・エゾホトケドジョウ;北海道(中川町、沼田町)
 ・ヒメドジョウ;韓国(陽杏里)
 ホトケドジョウ類の尾鰭よりミトコンドリアDNAを抽出し、PCR法によりD-loop領域を特異的に増幅した。プライマーにはPro S(GCATCGGTCTTGTAATCCGAAGAT)とPhe AS(GGACCAAGCCTTTGTGCATGCGGAG)を使用した。ダイレクトシークエンシングにより増幅した部分の塩基配列を決定し、系統解析に用いた。

《結果・考察》
 当研究室における先行研究で用いられたサンプルに今回配列を決定したサンプルを加え、D-loop領域の比較から推定されるホトケドジョウ類の系統関係を図1に示した。
 この結果、今回調べたサンプルは上述の遺伝的集団のいずれかに属し、先行研究の結果を追証するものとなった。各集団の隔離要因としては地理的障壁が挙げられる。そこで、それぞれの集団の分布とそれらを隔離したと推測される地理的障壁を図2に示す。北関東/南関東間の隔離要因と考えられそうな地理的障壁は今のところ不明である。
 各集団の分布の範囲はまだ確実なものではないので、集団の保全単位を決定するためにはより正確な境界線を明らかにすることが必要であり、さらなる詳細な解析を行う予定である。また、アジア大陸に生息するヒメドジョウについて、韓国以外に中国、ロシアからサンプルを入手し、ナガレホトケドジョウ、エゾホトケドジョウについてもサンプルを増やすことで、淡水魚相形成史を明らかにする手がかりを得たいと考えている。