つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

造血幹細胞の移植後のホーミング能と増殖・分化の継時的解析

野田 慎一 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 宮崎 淳一 (筑波大学 生物科学系)



【背景・目的】

 造血幹細胞は、すべての血球細胞に分化する能力(多分化能)と多分化能を保持したまま増殖する能力(自己複製能)を持ち、骨髄中で個体の一生にわたって血球細胞を供給している。この造血幹細胞の増殖と分化は、骨髄中の間質細胞が形成する微小環境によって制御されていると考えられているが、定常状態ではほとんどの造血幹細胞は静止期にあり分裂していない。一方、造血幹細胞を致死量放射線照射によって造血を破壊したマウスの尾静脈より移植すると、骨髄へと移動した造血幹細胞は洞様毛細血管外へと遊走し微小環境に生着後(ホーミング)、増殖・分化が誘導され、造血が再構築される。しかしながら、これらの過程の詳細についてはまだよくわかっていない。本研究では、マウスの造血幹細胞移植の系において、尾静脈 (intravenous : IV)移植と骨髄内(intra-bone marrow : IBM)への直接移植との比較を行い、移植後の造血幹細胞のホーミング能と増殖・分化を継時的に解析した。


【方法】

 C57BL/6(Ly5.2)マウスの骨髄よりCD34-/lowc-Kit+Sca-1+Lin-造血幹細胞をFACSを用いて単離し、50個を2×105個の競合全骨髄細胞(Ly5.1)と共に致死量放射線照射したマウス(Ly5.1)にIV移植した。またIBM移植では、造血幹細胞をマウス(Ly5.1)の左肢の脛骨内腔に注入し、競合細胞はIV移植した。移植後継時的に、両肢の脛骨および大腿骨の骨髄細胞、脾臓細胞、末梢血を採取し、蛍光標識された抗CD45.1, CD45.2, B220, CD4, CD8, Gr-1, Mac-1, Ter119抗体を用いたFACS解析により、キメリズムと各血球細胞への分化を解析した。


【結果・考察】

 IV移植とIBM移植したマウスにおいて、移植した造血幹細胞の生着率を比較したところ、実験の技術的な問題も考えられるが、IV移植したマウスの方が総じて増殖の立ち上がりが早く生着率も高かった。またIBM移植において、移植した部位(左肢の脛骨)の骨髄における生着率が特に高いというわけでもなく、相関性はなかった。これらの結果より、造血幹細胞を直接骨髄に注入してもすぐに骨髄内微小環境に生着するわけではなく、IV移植と同様に一度血流に乗って全身を循環し、最終的に骨髄造血微小環境へとたどり着くと考えられる。したがって、造血幹細胞のホーミング能は考えられているほど高くはないのではないかと思われる。

 移植した造血幹細胞の各血球細胞系列への分化を継時的に解析した結果、最初に単球、顆粒球が増え、次にB細胞、最後にT細胞が増えていくのが観察された。移植後8週までは、脾臓、末梢血より骨髄の方が生着率が高かった。脾臓での生着率が低いのは、競合細胞中の前駆細胞が脾臓で一過的に増殖するためであり、定常状態になるにつれて、ドナー由来細胞の割合は増加した。各部位での各血球細胞の構成割合は、4週までは大きな違いはみられないが、5週目ごろから末梢血、脾臓において単球、顆粒球とB細胞の割合が同じになり、8週ではB細胞が7割を占め、単球、顆粒球とT細胞がそれぞれ2割存在した。骨髄においては3週まではほとんど単球、顆粒球であるが4週ごろからB細胞の割合が増え、最終的に7割が単球、顆粒球で3割がB細胞となり、T細胞は数%程度であった。

 今回の実験では移植した造血幹細胞のホーミング能と増殖分化のパターンを解析したが、造血幹細胞が最初にホーミングした部位が骨髄か脾臓かどうかは不明である。今後、造血幹細胞のホーミングや増殖の様子をより理解するために、レシピエント内で移植した造血幹細胞とその自己複製のみを追跡できるような実験系をつくりあげていきたい。