つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

モンキチョウの雌の2型と雄による求愛行動と配偶者行動

長谷川 克 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 渡辺 守 (筑波大学 生物科学系)



はじめに  モンキチョウの雌には遺伝的に翅が黄色の個体(黄翅型雌)と白色の個体(白翅型雌)の2型が存在する。このような遺伝的2型は、一般に、環境に対する適応性と種内の淘汰圧によって維持されていると考えられてきた。しかし、本種において、これらの要素が2型の維持に果たしている程度は明らかにされていない。そこで本研究では、特に雄の配偶者選択が2型に及ぼす影響を調べた。

方法  室内飼育した未交尾雌と若い既交尾の雌を、未交尾の雄とモンシロチョウの雌と共に野外で飛翔している雄に呈示し、飛来した頻度やその後の行動を調べた。飛来した雄の行動は「飛来」、「ばたつき」、「接触」、「着地」、「連結」という一連の行動連鎖の各要素に分けて観察した。また、同様の実験を、翅だけを呈示した"翅モデル"についても行なった。

結果と考察  未交尾の雌を呈示した場合、雄は白翅型雌よりも黄翅型雌に多く飛来した(黄:白=32:18,χ=3.92、0.05>p>0.01)。飛来後、各行動段階に至る割合で2型間に差がなかったため、この実験において、雄は主に視覚によって黄翅型雌を選択したといえる。一方、既交尾の雌を用いた場合には、2型間で雄の飛来頻度に有意な差が得られなかった(黄:白=36:39,χ=0.12、n.s.)。しかし、その後の行動段階では、接触と着地に至るまでの雄の割合が白翅型雌で有意に高かった(それぞれG=10.9、G=7.05; 共にp<0.01)。したがって雌が既交尾の場合、飛来した雄の求愛衝動は白翅型雌に対して強かったことになる。飛来した雄に対する雌の反応を排除するために、既交尾雌の翅を接着して開けないようにしても、2型への飛来頻度間に有意差はなかった(黄:白=11:20、χ=1.30、n.s.)。しかし、この場合には飛来後の行動段階に2型間の差がなくなったので、既交尾の黄翅型雌が雄の求愛行動を中止させたのは翅の開閉運動であったといえる。ただし、既交尾雌の実験において、2型間で交尾拒否行動を示す頻度には差がなかった。  翅モデルを使った実験のうち、裏面を呈示した場合には、未交尾雌と同様な結果を得たため、雌であるという刺激は翅の裏面の視覚刺激によると考えられた。翅の表面を呈示した場合には通過した雄の頻度が増し、雄は翅の表面という刺激を雌として認識しにくいといえる。実際の羽ばたき行動や交尾拒否姿勢は、結果として、翅の表面を呈示することになるため、これらの行動が視覚的に雄の求愛行動を中止させている可能性が高い。  同時に配置したモンシロチョウに対する雄の飛来程度は低かった。またモンキチョウの雄に対しては、どの実験においても、接触や着地といった行動段階に進む割合が低かった。そのため、雄やモンシロチョウの存在が、本種の雄の配偶者選択に影響を及ぼしている可能性は低いといえる。 




図2. 各モデルにおいて、それぞれの行動要素まで行動が進んだ割合 [a, b, c, d: p<0.01(G検定)]