つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

バニリンの生合成経路について

土方 彩加 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 田中 俊之 (筑波大学 応用生物化学系)


〔背景〕
 バニリン(4-ハイドロキシ-3-メトキシベンズアルデヒド)は、世界中で広く好まれている重要な香料の一つである。天然の供給源としてはラン科植物のバニラ(Vanilla planifolia)が主で、莢果に配糖体の形で多く含まれている。現在、商業的に生産されているバニリンは年間12000トンにも及び、その99%以上は、リグニンやグアイアコールなどを原料にした化学合成品が占めている。しかし、近年、香料を始めとする食品添加物に対して天然志向が強まっており、天然バニリンの需要は高いが、天然物はバニラ莢果の生産量に依存するため、増産が難しい。そこで、バイオテクノロジーを応用した、バニラや他の植物、あるいは微生物による「天然物」の生産が考えられており、そのためにもバニラにおけるバニリン生合成経路の解明が求められている。
 これまでのバニリン生合成の研究では、放射性同位体を用いた取り込み実験や酵素実験が行われており、フェルラ酸やクマル酸などのハイドロキシ桂皮酸を前駆物質としていくつかの経路が提案されている。フェルラ酸からフェルラ酸CoAエステルを経て、脂肪酸のβ酸化に類似する反応により側鎖が短縮され、バニリンが合成されるという経路、イソフェルラ酸から3位のメチル化、配糖化、側鎖短縮、4位の脱メチル化を経てバニラ酸が合成され、それが還元されてバニリンが合成される経路、クマル酸から4-ハイドロキシベンズアルデヒドへと補因子を必要とせずに側鎖が短縮され、バニリンが合成されるという経路などである。そこで、本研究ではハイドロキシ桂皮酸の側鎖短縮機構に注目し、バニラ莢果から粗酵素液を調製し、フェルラ酸やクマル酸を基質とした酵素実験を試みた。

〔方法〕
 植物材料には、受粉後6ヶ月目に採取され、冷凍保存されていたバニラ莢果を用いた。冷凍バニラ莢果を0.1M K2HPO4溶液中で磨砕し、硫安塩析した後、0.05M HEPES-KOH緩衝液(pH7.5)で平衡化したSephadex G-25カラムにかけ、脱塩した。UV280nmの吸収を測定してタンパク質を含む画分を集め、限外濾過(MWCO 20000)により濃縮して粗酵素液とした。
 反応液は基質として10mM p-クマル酸、10mM フェルラ酸、あるいはこれらの配糖体を10μl加え、0.5M HEPES-KOH緩衝液(pH7.5)10μlに粗酵素液を加えて全量を100μlとし、30℃で2時間ないし4時間、反応させた。反応は2N塩酸10μlの添加によって停止させた。
 反応生成物は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により分析した。溶媒として1mMリン酸とメタノールが97:3と20:80の2種類の溶液を用い、メタノール濃度が3%から80%の勾配をかけた。

〔結果〕
 フェルラ酸を基質とした場合に、わずかにバニリンが検出され、フェルラ酸→バニリンの経路が示唆されたが、再現性が得られなかった。
 今後は酵素調整方法や酵素反応条件(pHや、DTT・CoA・ATP・MgSO4などの添加物の必要性)の検討を行い、バニリン生合成における鍵となるような酵素の存在を明らかにしていきたい。