つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

雄カイコガフェロモン源探索行動における非連合学習(慣れ)に関する行動学的研究

福島 亮太 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 神崎 亮平 (筑波大学 生物科学系)


<導入>
 カイコガ(Bombyx mori)の雄は、雌が放出する性フェロモンを触角で受容すると、ただちに激しい羽ばたきをともなう歩行を開始し、雌(フェロモン源)を探索する。この行動は、プログラム化された行動であり、その行動発現神経基盤について詳細な研究が行われてきた。
 しかし、このようなプログラム化されたステレオタイプの行動に対して、記憶・学習過程がどのように関与するのかは明らかにされていない。脳の主要な機能である記憶・学習に関する実験系がカイコガにおいて確立されれば、当研究室におけるこれまでの研究から蓄積されてきたニューロン情報や実験手法のノウハウを直接適用することができ、新たな研究の展開が期待される。そこで、本研究ではカイコガにおける記憶・学習実験系の確立を目指した。他種のガにおいて報告されている性フェロモンに対する慣れが、カイコガでも成立するかどうか、現在調査を続けており、ここではこれまでの成果を報告する。

<材料と方法>
行動実験装置の概要
 フェロモンの暴露と行動の記録は行動実験用ケース(30cm×22cm×6cm)の中で行った。ケースの上面中央部には直径2mmの穴を開けておき、フェロモン導入用とした。フェロモン(合成ボンビコール)をしみこませたろ紙(1cm×2cm)をパスツールピペットに装てんし、その先端をケースの中に、もう一方の端はエアーポンプにつながる管に接続した。エアーポンプから押し出された空気は無臭化した。流量はフローメーターで調節した。また、電磁弁をもちいて刺激の開始、刺激時間を調節した。実験中の行動はビデオカメラで撮影し、実験後解析を行った。

慣れ実験のパラダイム
 概略を図1に示した。1日目から3日目を訓練期間、4日目以降をリコール期間とした。テストでは、低濃度から高濃度の一連のフェロモン刺激を与え、各個体がどの濃度で反応するかを記録した。フェロモンの濃度はろ紙に滴下したフェロモンの重量で表した。以下に示すような3つの実験群を設定した。
処理区:訓練の3日間、1日4回、単発のフェロモン刺激を与えた。各フェロモン刺激の30分後にテストを行った。リコール期間では1日1回のテストを行った。
コントロール@:訓練の3日間、テストのみを1日4回、処理区と同時刻に行った。リコール期間では1日1回のテストを行った。訓練期間中の各フェロモン刺激の対照とした。
コントロールA:リコール期間のみ、1日1回のテストを行った。処理区との比較から訓練の有無による行動への影響を評価した。

<結果と考察>
 フェロモン刺激の濃度が1000ngの場合、リコール期間において、処理区の反応性がコントロールAの反応性に対して有意に減少していた。これは慣れが形成されたことを強く示唆する。しかし、濃度が300ngの場合、リコール期間において処理区とコントロールAの反応性には有意な差が見られなかった。慣れが形成されなかったものと考えられる。
 カイコガが慣れを生じさせうることを示す結果を得た。しかも、刺激濃度の違いが慣れの形成に大きな影響を与えているようである。今後も引き続き、刺激濃度や刺激間隔などの条件を検討し、慣れの形成に不可欠な条件を明らかにしていきたい。