つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

Helicobacter hepaticus感染による遺伝子発現プロファイルのマウス系統間での比較解析

冨家 久益子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 八神 健一、 國田 智 (筑波大学 基礎医学系)


Helicobacter hepaticusは、マウスに感染して大腸および肝臓に慢性的な炎症を引き起こし、高い確率で肝臓癌を引き起こすグラム陰性細菌である。細菌感染による長期的な炎症疾患として、ヒトにおける重要な疾患であるH.pylori胃炎や、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎などが上げられる。これらの疾患の発生機序は解っていないが、細菌感染による宿主の免疫反応の異常によって引き起こされるという仮説や、細菌が産生する細胞傷害性蛋白によって細胞を直接傷害したり、脱制御したりするという仮説などがある。マウスを用いたH.hepaticusの研究は、このような炎症性疾患を引き起こし、さらに癌原性を発揮する微生物感染における宿主応答機構を研究するのに良いモデルとなる。
今回の実験系では、H.hepaticusに高感受性のマウス系統BALB/cAと低感受性系統のC57BL/6NにH.hepaticusを感染させ、それぞれの系統において感染に伴う宿主の遺伝子発現の変化を調べた。さらに2系統間で遺伝子プロファイルを比較することにより、高度の炎症を誘導し癌化に発展させる特徴的な細胞のシグナルを明らかにすることを目的とする。

(方法)
BALB/cAとC57BL/6N系のSPF雄マウスを40匹ずつ日本クレアより購入した。各系統20匹ずつに、1日おきに3回、10〜10CFU/mlの H.hepaticusを0.2ml/匹ずつ経口感染し、残り20匹ずつを非感染対照群とした。体重測定と一般状態の観察を2週間ごとに実施した。感染1ヵ月後と3ヶ月後に感染群および非感染群から5匹ずつ、血清、肝臓、盲腸、腸間膜リンパ節を採取し、肉眼病変の有無を観察した。血清は、肝臓の傷害の指標となるGOT、GPT、γ-GTPを測定した。H.hepaticus感染3ヶ月経過時のBALB/cA とC57BL/6Nから採材した肝臓RNAと、同時期の非感染群の肝臓RNAを抽出し、mRNAを精製した。感染マウスのmRNA1μgから個体ごとにCy3で標識したcDNAを合成し、非感染群マウスのmRNAは5個体分を同量ずつ混合したもの1μgからCy5で標識したcDNAを合成した。マウス用オリゴDNAマイクロアレイ(シグマジェノシス社)上でCy3およびCy5標識cDNAの混合液をハイブリダイズさせた。ハイブリダイゼーション後、アレイのスポットの蛍光強度を測定した。この測定値を対数変換し、Cy3とCy5の対数発現比を得、サンプルごとにその対数発現比のメディアンを差し引くことで正規化した。正規化した値から、感染・非感染サンプル間で発現量に変化のある遺伝子を検索した。

(結果)
感染群、非感染群のマウスともに、導入時にはHelicobacter 汚染がないことを糞便中の当該菌を検出するPCR法により確認した。体重測定の結果、C57BL/6Nでは感染2週目から感染群で増体が有意に低下したが、BALB/cAでは感染20週時点まで有意な差は見られなかった。感染後1ヶ月目での剖検時には、肝臓、その他組織に肉眼的変化は観察されず、血清中GOT、GPT、γ-GTP値も正常であった。感染後3ヶ月目でも、血清中GOT、GPT、γ-GTP値は正常で、H.hepaticus 感染に特徴的な肝臓の微小壊死斑は現れていなかったが、肝臓の退色や盲腸の充血を示す個体がBALB/cAの感染群で散見された。また、感染群では両系統で、腸間膜リンパ節の腫大を示す個体が存在した。感染後3ヵ月の感染群の盲腸内容物から菌の検出を行ったところ、BALB/cA 4/5例と、C57BL/6N 5/5が陽性であった。一方、同時期の肝臓からは両系統とも菌は検出されなかった。感染後3ヶ月目でのマイクロアレイ解析の結果から、感染サンプルで対数発現比が2倍以上に増加している遺伝子を選び出した。BALB/cAでは、3サンプル中2サンプルで11個の共通の遺伝子の発現量が増加していた。C57BL/6Nでは、3サンプル中3サンプルで2個の共通の遺伝子の発現量が増加していた。感染後6ヶ月の時点でのマイクロアレイの結果も合わせ、さらに詳細な遺伝子発現プロファイルの解析と発症との関連づけを行う予定である。