堀川 誠 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教官: 坂本 和一 (筑波大学 生物科学系)
<導入>
生体内で発生する活性酸素(Reactive Oxygen Species:ROS)の量と個体寿命の間には密接な関係がある事が
様々な実験から示唆されている。例えば、線虫においてミトコンドリア(Mitochondria:MT)のROS発生量を抑える事で
長寿の個体を得たという報告や、原核生物から哺乳類に到る様々な生物種でカロリー制限によるROS発生量の減少が
最大30〜40%ほどの延命効果に結びつく事実などが知られている。
寿命・老化研究のモデル生物としては、線虫の一種であるCaenorhabditis elegans (C.elegans)が
用いられている。C.elegansを多細胞生物としては比較的に構造が単純であり、全ゲノムの解析が終了している為、
実験における利便性が非常に高く、また、既に様々な寿命変異を持つ変異体が見つけられており、
寿命・老化に関わる研究も進められている事が挙げられる。しかし、
現在行われている研究ではage、mev、daf等のInsulin-like Signaling (ILS)を介したROS除去機構を調節している
遺伝子が主に注目されており、ROSの発生機構に関わる遺伝子と個体寿命の関係に関してはまだ未開な分野が多く残っている。
<目的>
本研究ではROSの発生機構と線虫の寿命の関連性を調べる事を目的とした。生体内でのROSの90%はMT呼吸鎖によって
生じている事が知られている。そこで、RNA interference (RNAi)の手法を用いて呼吸鎖に関与している遺伝子の
発現をノックダウンし、個体寿命や形態の変化を観察する事で線虫の寿命に影響を与えているMT呼吸鎖の遺伝子
を同定し、その遺伝子の分子的な働きを明らかにする。
<方法>
本研究ではC.elegansの野生株であるN2株を材料として用い、Feeding法によるRNAiを試みた。
まず、myosin heavy chainの構造蛋白質の一種をコードしているmyo-2を持つプラスミドpLD61.1をE.Coli
HT115にTransfectionさせ、NGM[Amp/Tet] plateにまいてFeeding Plateを作成した。
このplateに成虫のC.elegans N2を1匹移植し、産卵を確認した後にこの成虫を除去し
、孵化した子世代のC.elegansの形態、行動の変化、及びRNAiの持続性を観察した。
さらに、MT呼吸鎖で発現が確認されているctb-1、及び発現していると示唆される
MTCE.23, MTCE.26, MTCE.31 (それぞれがcytochrome oxidase subunit III,I,IIに当たると予測されている)の
四種類の遺伝子を選択し、これらをRNAiの標的遺伝とした。各遺伝子のORF内部のPrimerとC.elegansより
抽出したRNAを用いてRT-PCR反応を行い、300〜400bpのcDNAを合成した。このcDNAをPlasmid pPD129.36の
BamH1サイトに組込み、E.Coli HT115にTransfectionさせ、NGM[Amp/Tet] plateにまいてFeeding Plateを作成した。
このplateに成虫のC.elegans N2を1匹移植し、産卵を確認した後にこの成虫を除去し、
孵化した子世代のC.elegansの形態、行動、及び個体寿命の変化を観察した。
<結果>
コントロールの実験であるmyo-2をノックダウンした線虫においては全身性の痙攣が確認され、
これによってFeeding法が実験系として確立出来た事を確認した。RNAi効果の持続性は第三世代の
個体までしか確認できず、代を重ねるごとに効果は明らかに減少していった事から、
RNAiの代を経た持続性は低いと考えられる。また、Ctb-1, MTCE.23, MTCE.26,およびMTCE.31に関しては、
現在観察を続けている所である。