つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

核移植ES細胞の血球系細胞への分化能の解析

前田 るい (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 渋谷 彰 (筑波大学 基礎医学系)


<目的と背景>
 胚性幹(embryonic stem: ES)細胞は初期胚に由来する全能性幹細胞であり、in vitroにおいて無限に増殖させることが可能であるため、従来では困難であった初期発生研究において有用な材料になると同時に、移植医療等における応用も期待されている。しかしながら、in vivoの実験において各種細胞への分化が実証されている一方で、in vitroの実験において特定の細胞種のみへ分化させる技術は、ほとんどの細胞種に関して未だに確立されていない。また、ES細胞由来の細胞を用いた細胞移植療法を考えた際には、組織適合性抗原による拒絶反応の問題があり、従来の移植医療と同様の問題点が残されている。
 1996年、Champbellらは、核移植技術を用いてクローン羊「ドリー」の作出に成功したことを報告した。これは、卵子への核移植によって終末分化した細胞の核でさえも初期化(genomic reprogramming)が起こることを証明した画期的なものであった。この核移植技術を用いて樹立が可能となったのが核移植胚性幹細胞(Nuclear Transfer-ES: NT-ES細胞)である。NT-ES細胞の最大の利点は、患者の核を用いてNT-ES細胞を樹立すれば、患者と同じ免疫学的(遺伝学的) バックグラウンドを持つ細胞が取得可能であり、移植医療において最大の障壁である拒絶反応を回避できることである。
 しかし、クローン動物はこれまでに6つの動物種(ヒツジ、ウシ、ヤギ、マウス、ブタ、ウマ)で報告されてはいるものの、成体まで生育するのは実施例全体の1〜4%程度と非常に低率であったり、生まれても短命であるなどの問題が報告されている。これらは技術的(手技的)問題点が大きく関与しているとも考えられてはいるが、核移植後の初期化が不十分であるなどの要因も指摘されている。このことはNT-ES細胞に関しても該当することであり、核の初期化不良によってその増殖能・分化能に影響が出ることは十分に予想される。そこで現在、NT-ES細胞の分子生物学的・細胞生物学的特徴に関しての研究が世界的にも盛んに行われている。
 129系統マウスの体細胞(卵膜上皮細胞)の核及び卵子を用いて樹立されたNT-ES細胞を用いて、血液系細胞への分化能に関して、従来法により樹立されたES細胞(WT-ES細胞)と比較検討することが本研究の目的である。また、ES細胞に関しては株毎に生物学的特性が異なることが知られているため、NT-ES細胞、WT-ES細胞ともに複数の株を用いてその能力を検討することとした。

<研究方法>
 ES細胞の分化誘導を行う前日に、分化誘導に用いる栄養支持細胞(feeder cell)であるOP9に対して5000 radの放射線照射又は10 mg/mlマイトマイシンCによる3時間の処理を実施し、有糸分裂を停止させ、0.1%のgelatin水溶液でコーティングした6 cm dishに2×105の細胞密度で播種した。分化誘導当日、LIF (leukemia inhibitory factor) 存在下で培養しているES細胞を0.25% Trypsin-EDTAによって細胞懸濁液にし、フィーダー細胞(MEF, mouse embryonic fibroblast)を取り除くためにPRIMARIATM dish上にて40分間培養した。フィーダー除去後に1.5×104個の細胞を分化誘導用培地(15% FCSを含むIMDM)に懸濁し、前日に用意しておいたOP9上に播種した。その後、分化誘導開始から5日目に継代培養を行った。この際、4×105個の細胞を分化誘導用培地5mlに懸濁し、サイトカイン(mSCF 20 ng/ml, mIL-3 20 ng/ml, EPO 6 U/ml)を添加してOP9上に播種した。分化誘導後6日目以降、血球細胞様の形態をした細胞が出現してくるのを確認後、3日毎に細胞を培地ごと回収して解析を行った。解析では、各表面抗原マーカーに対する蛍光標識抗体で細胞を染色し、FACS (fluorescence activated cell sorter)により各マーカーの陽性率を解析した。解析対象として、抗Flk-1(中胚葉系), 抗CD45(血球系), Ter119(赤芽球系), Gr-I(顆粒球系), Mac-1(単球マクロファージ系)の各抗体を用いた。解析は分化誘導後0, 5, 8, 11, 14, 17, 20日後に行い、WT-ES細胞とNT-ES細胞における各マーカーの陽性率および出現時期を比較検討した。

<結果>
 現在、NT-ES細胞がWT-ES細胞と同様に自己複製能および全能性を有しているか否かを検討している。その結果、通常通りの分化誘導によってNT-ES細胞からの心筋細胞などへの分化が観察された。今後は血球系細胞への分化誘導のデータを集積すると同時に、長期培養による影響を検討する予定である。