村上 紗織 (筑波大学 生物学類 4年) 指導教官: 桜井 武 (筑波大学 基礎医学系)
【背景・目的】
細胞膜表面にある受容体に特異的なリガンドが結合して、細胞機能の制御が行われている。Gタンパク質共役受容体(GPCR)は受容体のうちもっとも大きな遺伝子ファミリーを形成しており、哺乳類のゲノムに約600種のGPCR遺伝子が存在する。そのうち内因性のリガンドが不明なものはオーファンGPCRと呼ばれており、現在でも約150のオーファンGPCRが存在する。本研究はオーファンGPCRの生体機能における役割を解明することを目的にする。
1.リガンドによる受容体分子の安定化を指標としたアッセイ系の構築
従来、オーファンGPCRのリガンド検索は、何らかの細胞に対象となるGPCRを発現させ、その細胞に生体材料からの抽出物を作用させて、その結果引き起こされる細胞内でのセカンドメッセンジャーの量の変化を用いて行われていた。しかし、この方法でオーファン GPCRに対応するcognate ligandを同定するためにはいくつかの困難が伴う。まず、その受容体がどのような細胞内情報伝達系を活性化させるか、既存のリガンドがない以上不明な場合が多い。また、どんな細胞を用いても内因性の受容体を持っているので、それらに対する刺激がバックグラウンドとなり検出が困難になる。そこでこれらの問題を解決する方法を考案した。一般にリガンドが結合するとGPCRのinternalizationが起こるのだが、リガンドを結合した状態でinternalizationを受けたGPCRの一部は再び細胞膜上に提示されることが知られている。また、internalizationを受けた受容体の一部は分解を受けるが、リガンドが結合した状態の方が分解を受けにくく、安定であることがわかっている。この作用は、当然対象となる受容体のリガンドでのみ起こり、発現させたhost細胞の他の内因性受容体のリガンドでは生じない。このことを利用してリガンドの検索を行うことを試みた。GPCRに変異を導入して、constitutively activeな形にすると、リガンドが結合した時と同様にinternalizationを受け、分解が促進されるために細胞に発現する受容体の量は大幅に減少する。しかし、この系にリガンドが共存すると、受容体が安定化して、発現量が増強することをエンドセリンB受容体(ETB受容体)で確かめた。今回、オーファンGPCRとしては、モデル系としてBRS-3(bombesin receptor subtype-3)を用いた。BRS-3ノックアウトマウスは肥満になると共に摂食量が低下することから、BRS-3は摂食行動や代謝の調整を通して体脂肪量の制御に重要であることがわかっている。リガンド探索は様々なグループが行ってきたが、現在でも対応する内因性リガンドが不明なままである。しかしながら、人工リガンド(surogate ligand)が知られているため、今回用いることにした。
2.別のオーファンGPCRであるGPR103A 、GPR103Bのリガンドが最近我々の研究室で同定されたので、生理機能の解析に役立てるため、これらの受容体の遺伝子KOマウスの作製を行うことを目的とした。
【方法】
1.Constitutively active mutant GPCRの作成
・7回膜貫通型レセプターの7番目の膜貫通ドメインのプロリンをロイシンに変異させると、膜レセプターのinternalizationが増加することがこれまでにわかっているのでsite-directed mutagenesisによりhBRS-3にpoint mutation(P305L)を導入した。さらに、internalizationの観察のため、C末端側にはEGFPを融合した。
・COS7細胞にDEAE-デキストラン法で発現ベクターに組み込んだ種々のGPCRをトランスフェクションし、24h後にligandを作用させ、48h後に細胞を回収して抗EGFP抗体を用いたウエスタンブロットを行った。この際、ETB受容体をPositive Controlとして用いた。
2.KOマウス作製のためのターゲティングベクターの作製
・Lamda FixU129SVJ Mouse Genomic Library からGPR103A、GPR103B及びそれらのリガンドの遺伝子DNAを拾うためにPlaque Hybridizationによるスクリーニングを行い、ターゲッティングベクターの構築を行った。
【結果・考察】
1.pfu DNAポリメラ―ゼを用いたsite-directed mutagenesis法を用いて、hBRS3にP305Lの変異を導入した。真核細胞にETB受容体をトランスフェクションして、Endothelin-1を24時間作用させたところ、ノーザンブロッティングにおいて、mRNAの発現レベルにリガンドの有無による差は見られなかったが、ウエスタンブロッティングの結果により、レセプター量の増加が見られた。この増加は、Cycloheximideで翻訳阻害をしたときにより強くみられた。このことにより、リガンドの結合は、レセプターの安定化によって総量を増加させていることがわかった。
2.スクリーニングによりGPR103A、GPR103BのgenomeDNAをクローニングすることができた。
【今後の展望】
1.今回得られたETB受容体のendothelin-1による安定化は、BRS-3においても同様の結果が得られると予想している。さらにconstitutive active mutantを用いることによりバックグラウンドを下げることができるかもしれないので、これを用いた検討も行う。また、受容体の量を簡便にモニターするため、C末端にレポーターとしてルシフェラーゼ遺伝子を融合したかたちのGPCRを作成する。BRS-3のAssay系構築によって、今後Natural Ligandの探索が期待できる。それによって、リガンド及びその前駆体の構造決定、発現調節とそのメカニズムの解析、リガンド及びその受容体による細胞内情報伝達機構の詳細な解析、またさらにセカンドメッセンジャーなどの解析へも発展できるだろう。
2.GPR103に関しては、リガンドのICV投与による摂食量の変化などが我々及び他のグループにより確認されているが、実際にKOマウスの行動解析はより正確かつ詳細にGPR103のin vivoでの役割などを確認することができる。新たに肥満や代謝に関連する興味深いデータが得られることも期待され、大変興味深い。