つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

多能性マーカー遺伝子Rex-1の個体レベルでの発現制御領域解析

本橋 典子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 杉山 文博 (筑波大学 基礎医学系)


<背景>
幹細胞とは、複数の細胞に分化できる「分化多能性」と分化多能性を維持したまま増殖できる「自己複製能」とを持つ細胞と定義され、胚由来の胚性幹細胞(Embryonic Stem Cell;ES細胞)と成体にも存在する組織幹細胞に大別できる。ES細胞は個体のすべての組織に分化できる「分化全能性」を持つが、組織幹細胞は一部の細胞にのみ分化し、分化全能性は持たないと考えられている。さらに以上に加えて、近年では成体の骨髄からES細胞に近い分化能を持った成体多能性幹細胞(Multipotent Adult Progenitor Cell;MAPC)が単離されたとの報告もある。
組織幹細胞は分化への道筋の一部をたどり始めているが、ES細胞とMAPCは未分化な状態を維持している。また、幹細胞のほかにも胚盤胞の内部細胞塊(Inner Cell Mass;ICM)や生殖系列の細胞などは未分化状態にある。
Oct-4やRex-1という遺伝子はこれら未分化な細胞に共通して発現が見られることから、これらの遺伝子の発現を検出することで細胞が未分化な状態にあることを知る手がかり(未分化マーカー)として用いられる。また、どちらも細胞が分化すると発現が見られなくなることから、細胞が未分化な状態であるときに重要な働きを担っていると考えられ、これらの遺伝子の発現を解析することは細胞の未分化状態の維持や分化の機構を知る手がかりとなると期待されている。
Rex-1はOct-4の下流の遺伝子であるとされているが、卵母細胞ではOct-4は発現しているがRex-1の発現は見られなかったり、精巣では逆にRex-1のみが発現していたり、他にもMAPCでの各遺伝子の発現をES細胞での発現と比較したとき、Oct-4は発現レベルが約1/1,000に減少しているのに対してRex-1の発現レベルは変わらないなど、Rex-1の発現は必ずしもOct-4の発現と同じではないことから、Rex-1の発現の制御にはOct-4以外の因子の関与も示唆されている。しかし、Rex-1遺伝子発現領域のin vivoにおける発現解析は十分ではない。
発現制御領域の解析にはレポーター遺伝子としてβガラクトシダーゼ(lacZ) やルシフェラーゼ(luc) 遺伝子が広く利用されているが、生細胞での解析は困難である。一方、レポーター遺伝子として利用される緑色蛍光遺伝子(GFP) は組織特異的な遺伝子発現の解析の他、生細胞での解析が可能なことによりGFPを発現する細胞を特異的に分離することが可能である。そこで本実験では、Rex-1遺伝子の組織特異的な発現制御領域の解析と幹細胞分離のため、Rex-1遺伝子制御領域下流にGFPを連接した融合遺伝子を構築し、これを外来遺伝子として遺伝子導入マウスの作成を試みた。

<方法>
・Rex-1発現制御領域のクローニング
BALB/cAマウスのゲノムからRex-1の発現制御領域をPCRにて増幅し、TAクローニングした。
・導入遺伝子の作製
レポーター遺伝子としてEGFP(Enhanced Green Fluorescent Protein)を選択、EGFPの上流に長さの異なるRex-1発現制御領域を組み込んだ4種類の導入遺伝子を作製した。
・培養細胞における融合遺伝子の発現解析
融合遺伝子が組み込まれたプラスミドはテラトーマ由来の培養細胞F9にトランスフェクションされ、蛍光顕微鏡にてEGFPの発現が確認された。
・マイクロ・インジェクション法による、遺伝子導入マウスの作製
プラスミドから融合遺伝子を切り出し、直鎖にしたこのDNA断片を導入遺伝子としてマウス受精卵にマイクロ・インジェクションした。その後、偽妊娠マウスに移植して新生仔を得た。

<結果>
Rex-1遺伝子翻訳開始点より上流5kbの遺伝子発現制御領域における既知の転写因子結合部位を検討したところ、すでに知られているOct3/4(-220bp)結合部位以外に、-628bp、-1096bpおよび-2030bpの3箇所に未分化維持に機能するFoxD3 の結合可能部位が存在することが明らかとなった。
そこで、1) Oct-3/4結合部位を含む、転写開始点より上流234bp、2) Oct-3/4および1箇所のFoxD3 結合可能部位を含む、転写開始点より上流703bp、3) Oct-3/4および2箇所のFoxD3 結合可能部位を含む、転写開始点より上流1635bp、4) Oct-3/4および3箇所のFoxD3 結合可能部位を含む、転写開始点より上流2362bpのRex-1遺伝子制御領域をEGFPに連接し融合遺伝子を作製した。
Rex-1遺伝子はテラトーマ由来のF9細胞で発現することが報告されている。そこで作製した4種類の融合遺伝子がF9細胞で機能するか検討した。結果、F9細胞にトランスフェクションした誘導遺伝子4種類とも蛍光顕微鏡観察において緑色蛍光が観察され、融合遺伝子が培養細胞において機能することが明らかとなった。
そこで、in vivoにおける組織特異的なRex-1遺伝子発現制御領域の解析のため、これら融合遺伝子を用い遺伝子導入マウスの作製を開始した。発表会においてはこれらマウスにおける導入遺伝子の発現様式の詳細を報告する予定である。