つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2004) 3, XX   (C)2004 筑波大学生物学類

ハンゲショウの葉の白化現象が光合成に与える影響

山内 綾香 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教官: 鞠子 茂 (筑波大学 生物科学系)


<背景・目的>
 植物にとって、葉は光合成や蒸散の場として重要な器官の一つである。とくに、光合成による物質生産は植物の生長や種子生産を規定し、個体の生存や個体群の維持に重要な働きを持つ。このため植物にとって、光合成を行う葉という空間の大きさや分布を最適化して、より効率よく光を受け取ることはとても重要になる。
 本研究の材料であるハンゲショウ(Saururus chinesis Baill.)は、湿地に生息するドクダミ科ハンゲショウ属の多年生草本で、茎の上部に無花被花からなる穂状花序を付ける。そして、6〜7月に茎先に近い数枚の葉の表面が白く変化するという特徴を持つ。白化(黄化)は病気や傷害によって葉が変色する場合にも見られるが、ハンゲショウの葉の白化現象は限られた季節に局所的に生ずることから、病気や傷害によるものとは異なると考えられる。このように季節的・局所的に葉の白化現象が生ずることから、ハンゲショウにとって何らかの生態学的意義を持っているのではないかと考えられる。
 ここで、葉の表面が白く変化するという現象が葉緑素の減少によるものだとすれば、光合成能力の低下を引き起こして生産を行う場を減らし、結果として光合成による物質生産量を減少させていると考えられる。このため本研究では、葉の白化現象と光合成との関係に着目し、以下の調査を行った。
  ・ ハンゲショウのフェノロジーや群落の構造を調べ、白化現象の季節性・局在性について調査する。
  ・ 白化した葉と白化しない葉の生理的な特性の違いを調べ、白化現象が光合成へ与える生理面での影響を調査する。
  ・ 受光量と光合成速度の測定結果から、白化現象が光合成による物質生産量へ影響を推定し、それがハンゲショウに与える影響を調査する。

<方法>
 菅生沼上沼付近西岸(茨城県岩井市と水海道市の市境)の湿地に生育するハンゲショウ群落を対象として調査を行った。5月2日に15本のシュートをマーキングし、草丈・葉数・白化現象の有無・花序の様子を追跡調査した。また、群落の葉群構造を把握するため、ほぼバイオマスがピークとなる8月の上旬に層別刈り取りを行った。4月11日から連続的に、ハンゲショウ群落内の気温・地温・光量子密度の測定を行った。
 菅生沼の調査地から4月11日にハンゲショウの地下部を採取し、筑波大学陸域環境実験センター内の温室にて栽培した。携帯型光合成蒸散測定装置LI-6400を用いて白化した葉と白化しない葉の光合成能力を測定し、光−光合成曲線を作成した。
 受光量と光合成速度のデータを、群落の物質生産を記述する門司‐佐伯数学モデル(1953)に入れて光合成による物質生産量を推定し、一部の葉が白化した場合と全ての葉が白化しない場合を比較した。

<結果>
 フェノロジーを調べた結果、6月終わり〜7月初めにかけて茎先の一部の葉が白化現象を起こし始め、9月終わりまで徐々に緑色に回復するという、白化した葉の動向が明らかとなった。また、花序の出現時期と葉の白化現象の始まりはほぼ一致していること、そして花序の出現する近傍で白化現象が起こる傾向のあることが明らかとなった。また、全てのシュートが白化現象を起こすのではなく、花序をつけない場合に白化しない傾向も見られた。さらに、葉群構造を調べた結果、白化現象を起こす葉の割合は葉群全体の約0.4%に過ぎないことが分かった。
 白化する葉と白化しない葉の光−光合成曲線を作成し、近似曲線 (Pmax ( 1 - exp( - f I / Pmax ) ) - R )のパラメータを求めた。ただし、Pmax:最大光合成速度、f:初期勾配、I:光強度、R:呼吸速度。その結果、最大光合成速度(Pmax)は白化現象を起こしていない葉の方が有意に高い(P<0.001)ことから、白化現象は光合成速度を低下させることが分かった。
 ここで、群落の物質生産の数学モデルへ光合成のパラメータを代入して計算すると、群落単位では葉の白化現象による光合成による物質生産量の減少はほとんど見られないことが明らかとなった。

<考察>
 白化現象は、個葉レベルで光合成速度を低下させるものの、シュート・群落レベルでの光合成生産にはほとんど寄与しない。このことは、白化現象が現存する個体群の栄養生長に影響を与えるものではないことを示している。一方で、野外観察から花序と白化現象との時空間的な一致が明らかにされ、白化現象が有性生殖と強く関係している可能性が示唆された。本研究では、白化現象の光合成に関わる生態的意義を明らかにすることは出来なかったが、白化現象と無花被花の有性生殖に関わる生態的意義を追っていきたいと考えている。