つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200000766

コケシロアリモドキAposthonia japonica (Okajima, 1926) の発生学的研究(昆虫綱・シロアリモドキ目)

神通 芳江 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 町田 龍一郎 (筑波大学 生命環境科学研究科)

背景および目的
 全動物種の75%あまりを占める昆虫類の成功は、莫大な数の種群からなる有翅昆虫類の放散にある。この有翅昆虫類の中にあって、多新翅類は11目からなる最も多様なグループであると同時に、多くの比較形態学的検討、近年の分子系統学的検討が行われてきているにもかかわらず、群内の類縁関係、系統進化に関して最も議論の定まらないグループでもある。本研究の材料であるシロアリモドキ目は、形態学的および分子系統学的議論で系統学的位置に大幅な解釈の違いが起こるグループであり、本目の系統学的理解は多新翅類に関わる系統学的議論においてたいへん重要である。
 比較発生学的研究は、基本体制を含めた原形およびその進化的変遷の再構築ならびに系統進化の議論において最も有効な手段の一つであるが、シロアリモドキ目の発生学的知見は極めて断片的である。このような背景から、多新翅類および昆虫類の原形、その進化的変遷、系統進化の再構築を目指し、シロアリモドキ目の発生学的研究を開始した。本研究ではその第一段階として、1)研究法の確立(研究材料の確保、飼育法および観察法)と2)卵の形態および胚発生の概略の把握を行った。

結 果
1.研究材料の確保
 採集は2003年3月と2004年7月の2回、鹿児島大学農学部構内にて行い、ヤシ、クス、ユーカリなどの樹皮から計約600個体のコケシロアリモドキAposthonia japonica (Okajima, 1926) (図1)を得ることができた。
2.飼育方法の確立
 採集したコケシロアリモドキは、餌となる樹皮とともに容積1Lのプラスティック容器に入れ、室温(約25℃)で集団飼育した。また、卵の発見を容易にするために、木の薄片に溝を掘り、その上にビニール板を張り合わせた容器で個別飼育も行った。結果、約80個の卵が得られた。
3.観察法の確立
 得られた卵は洗浄後、ブアン液およびカルノフスキー液で固定した。走査型電子顕微鏡により卵の外部形態を観察するとともに、DAPI染色を用いることで、胚発生過程を蛍光実体顕微鏡で観察し、成果を得ることができた。
4.卵形態および胚発生の概略の把握
4-1.卵の外部形態:コケシロアリモドキの卵は長径約1.1㎜、短径約0.6㎜の楕円形で、前極に目立った卵蓋があり、乳白色である。走査型電子顕微鏡による観察では、さらに卵腹面、卵蓋後方に1個の卵門が存在することを確認できた。(図2)
4-2.胚発生の概略:卵腹面に細胞の集合した広い領域(胚原基)が現れ、その集合によってひとまわり小さな初期胚帯が形成される。続いて胚帯は、体節分化や口陥形成などを行いながら後方に向かって次第に伸長し、その後端は卵背面にまで達する。その後胚帯は卵黄に深く沈み込み(図3)、卵黄中で付属肢などを発達させた後、反転によって再び卵表に現れる。その後、胚は最終的な位置に達し器官形成を遂行、完了させ、やがて孵化する。卵期は約35日(25℃)であった。

考 察
卵の特徴:コケシロアリモドキ(シロアリモドキ目)とナナフシ目の卵は前極に顕著な卵蓋、腹面に1つの卵門をもつ点で共通しており、この特徴は他の分類群にはみられないものである。近年両グループを姉妹群とする分子系統学的データが提出されており、今後、両グループの類縁性に注目して研究を行っていきたい。
初期胚帯の特徴:多新翅類の初期胚帯は卵後極付近に小さく形成されるのが一般的であるのに対し、シロアリモドキ目では卵腹面に大きく形成されるところが特徴的である。今回の観察結果は、多新翅類の胚帯型の再評価あるいは昆虫類の胚帯型の理解において興味深いものと考える。
胚運動の特徴:昆虫類の胚発生様式(胚定位型)には、発生途中に胚が卵黄中に沈み込む「沈み込み型」と、常に表層にある「表成型」があり、シロアリモドキ目は沈み込み型であることがわかった。この特徴は、新翅類の外群である旧翅類にみられる特徴であり、多新翅類では祖先形質状態にあると考えられる。

  今後はさらに外部形態の詳細な観察を行っていくとともに、切片作製による器官形成の検討も行い、シロアリモドキ目の胚発生過程の把握に努め、比較発生学、形態学的また系統学的議論を発展させていきたい。
                       
図1 コケシロアリモドキ雌成虫
図2 卵の走査型電子顕微鏡写真図3 卵の蛍光実体顕微鏡写真


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