つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100727

バイオテクノロジー、農業と生命倫理に対する日本における一般市民、農業従事者の意識調査

阿座上 啓紀 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:Darryl Macer (筑波大学 生命環境科学研究科)

導入:  バイオテクノロジーおよび遺伝子工学の進歩により、遺伝資源の利用は農業の分野において重要なものとなっている。しかし今日、BSEの問題など食物の安全性を含めた倫理的な様々な問題が起きている。遺伝子組み換え食品に関してもこの例外ではないだろう。また、遺伝資源の利用手段およびその情報に関する知的所有権も倫理的問題を含んでいる。現在日本においては遺伝子組み換え穀物を作る農業従事者はほとんどいない。しかし、アメリカのようにいくつかの国々においては農家と多国籍種苗企業との間で特許をめぐる抗争もおこっている。これらバイオテクノロジーに関する倫理的問題について人々の見解を知るため、アンケート調査を行った。

方法:  文献における調査ののち、約26の質問からなるアンケート用紙を作成した。一般の人々に対し600部、また農業従事者に対し200部、それぞれ関東地方を中心に日本全国に任意に回答を求めた。これらの質問の中からいくつかの質問に対し考察をおこなった。 それぞれの質問には賛成、反対、わからない、の選択肢とともに、選んだ理由についても書いてもらった。

結果及び考察:  一般の方から128部、農業従事者の方から65部の回答を頂いた。
 1. 「蚊がマラリアや日本脳炎などの病気を媒介できないようにするために、遺伝子組み換え技術を用いることについて、どのように思われますか?」との質問に対し、一般では賛成42.4%、反対20.0%、わからない37.6%。農業従事者では賛成39.3%、反対16.4%、わからない44.3%。
 2. 「たとえば、より栄養のあるジャガイモを作るために、他の植物から抽出した遺伝子を組み込むことを、どう思いますか?また、それはなぜですか?」との質問に対し、一般では賛成21.1%、反対51.2%、わからない27.6%。農業従事者では賛成6.5%、反対54.8%、わからない38.7%。
 3. 「では、動物から抽出した遺伝子が組み込まれたジャガイモについてどう思いますか?」との質問に対し、一般では賛成9.9%、反対57%、わからない33.1%。農業従事者では賛成1.6%、反対56.5%、わからない41.9%。
 全体的に人々は医療や健康に関する技術に対しては肯定的なイメージをもっている。しかし、食物に関わる技術においては否定的なイメージである。特に動物の遺伝子の植物への組み換えに関しては賛成に対し反対の割合が大きかった。それら否定的なイメージの理由としては人体への影響や生態系の破壊に対する不安が聞かれた。また、農業従事者はさらにこの技術に関して慎重であった。しかし、遺伝子組み換え穀物利用での食糧不足改善に対する期待する意見もあった。以下はそれぞれの質問に関し、その理由を書いてもらったものの一部である。
 1.「病気の予防は大切である!」 「生態系の破壊につながり、そのつけが人類に返ってくるから。」
  「当初安全と言われていたことが後に危険になるものが多く、十分研究されたものでなければ、信用できない。」
  「特に発展途上国の生活向上に寄与するため。」
 2.「画一的な物を作る道具となってしまい、自然に摂理に反するから。」
  「人間の身体に影響を及ぼさないという保証がないから。」
  「一品一品栄養価を上げる必要があるのか。」
  「もともとジャガイモも様々な遺伝子の組み合わせではないか。」
  「人口増加によって食糧が不足するため。」
 3.「動物と植物をひとつにしていいのかな?と思うので。」
  「イメージ的に動物の遺伝子が組み込まれたジャガイモは食べたくない。」
  「どんなジャガイモかよく分からないが、天然の自然のものの方がいいと思う。」

 また、“あなたは次のもの(新商品などの発明、本およびその他の情報、新しい植物品種、新しい動物品種、動植物から抽出された遺伝物質、人間から抽出された遺伝物質、エイズに対する治療や医薬品)に特許や著作権が与えられることについて知っていますか?また、それについてどう思いますか?(はい、いいえでの回答、および賛成、反対、わからないで回答)”との質問に対しては、全体的に認知度が低いものほどそれに対する肯定的イメージも少なかった。
 例えば、新商品の発明への特許に関しては一般の回答で、知っている96.7%、知らない3.3%、賛成89.1%、反対2.5%、わからない8.4%。
これに対し動植物から抽出された遺伝物質への特許に関しては一般の回答で、知っている38.3%、知らない61.7%、賛成31%、反対34.5%、わからない34.5%。この結果は生物に対する特許への抵抗感だけでなく、バイオテクノロジーに対する抵抗感からも来ていると思われる。
 また興味深いのは農業従事者においては動植物から抽出された遺伝物質、人間から抽出された遺伝物質に対してより慎重であるということだ。これは彼らが日頃より生物と身近な関係であるためと考えられる。動植物から抽出された遺伝物質への特許に関する農業従事者の回答は知っている35.6%、知らない64.4%、賛成17.9%、反対28.6%、わからない53.6%)
 事前にこれらの事柄に関する知識や背景、また賛成、反対それぞれの意見などは一切伝えなかったため、“わからない”との回答が多かった。もし人々にそれらの情報を伝えたならば結果は大きく変わる可能性があるだろう。

 結果として人々はバイオテクノロジーに対して慎重で不安も感じていた。遺伝子組み換えに対する倫理的抵抗感もあった。しかし一方、彼らはバイオテクノロジーの発展に対する期待も抱いていた。最も重要なことは人々に適切な情報を伝え、また本当に必要な技術とそうでないものをしっかりと区別していくことである。
 最後に調査にあたって協力していただいた方々、本当に有難うございました。


    ©2005 筑波大学生物学類