つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100732

炭素および窒素同位体比による霞ヶ浦の食物網の解析

泉澤 貴志 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 濱 健夫 (筑波大学 生命環境科学研究科)

【はじめに】
従来、生態系における食物網の解析には、消化管の内容物分析が一般的に行われてきた。しかし、この手法には
・ 解剖する直前に摂食した食物の情報しか得られない。
・ 信頼できる情報を得るには膨大な数の試料を統計的に調査しなければならない。
・ 食物の吸収率が考慮されない。(異なる食物は異なる割合で消化吸収される)
・ すりつぶしてえさを食べる種類の魚の内容物や、ゼリー状の物質、デトリタスなどの認識が難しい。
などといった問題がある。近年、動物の食性を解析するもう一つの手法として、窒素と炭素の安定同位体比が用いられるようになってきた。窒素の安定同位体(15N)は食物連鎖の過程の中で栄養段階を一段階経るごとに平均して3.4±1‰程度増加するので、試料となる動物の体組織における窒素同位体比を測定することにより、栄養段階を推測することが出来る。一方、炭素の安定同位体(13C)は栄養段階における濃縮は約1‰であり、その食物の起源を推測することができる。本研究では、安定同位体比を利用した霞ヶ浦の食物網、および季節変動の解析を目的とする。

【方法】
(1) 対象水域および採集方法
茨城県の霞ヶ浦を対象水域として本研究を行った。魚類については、張網漁法により採集を行った。採集した魚の背中側から筋肉部分を切り出し、60℃で48時間乾燥させた。その後、乳鉢を用いて細かくすりつぶし粒子状にし、適量をスズ箔に詰めた。
プランクトンについては、湖水を300μmのメッシュに通したのち、97μmのプランクトンネットを用いて回収したものを遠心分離器で遠沈し(2000rpm、15分間)、沈澱を顕微鏡を用いて観察したところ、そのほとんどが動物プランクトンであった。この沈澱をGF/Fフィルターで濾過し、濾紙上に残ったものを動物プランクトンとした。また、プランクトンネットを通過した水をGF/Fを用いてろ過し、濾紙上に残ったものを植物プランクトンとした。これらの濾紙は、デシケーターで乾燥させた後適量を切り取り、スズ箔につめた。
(2) 試料の分析
質量分析計を用いて、スズ箔に詰めた試料のδ15N値およびδ13C値を測定した。

【結果・考察】
まず、6月から10月の間に採集された個体の安定同位体比の範囲は、δ15N値が15.78〜21.57‰、δ13C値が-23.29〜-19.90‰であった。また、最も高いδ15N値を示したのはブルーギルであり、食物連鎖の頂点に位置していると考えられる。
6月から10月における窒素同位体比を見ると、ブルーギルやペヘレイに関してはほとんど変化が見られない。一方、アメリカナマズやハスの同位体比には増加傾向が見られる。この同位体比の変化の原因としては、アメリカナマズおよびハスの食性の変化、そして餌となる生物自体の同位体比が増加したことが考えられる。全体の傾向として6月から8月にかけて同位体比の増加が見られることから、後者の可能性が高い。



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