つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100734

コンブ目褐藻類の仮根部に形成される端脚類群集の組成解析

伊藤 敦 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 青木 優和 (筑波大学 生命環境科学研究科)

研究の目的

 コンブ目をはじめとする大型褐藻類の仮根部は複雑な枝分かれ構造を形成し、ここに生じる腔所には種数、個体数ともに豊富な無脊椎動物群集が見られる。端脚目の小型甲殻類は仮根部生物群集における主要な動物群のひとつであるが、群集組成に関する研究は少なく、群集構造の時空間的変化やその特性についての詳細は知られていない。本研究ではコンブ目褐藻の一種であるアントクメ(Eckloniopsis radicosa)の仮根部に形成される端脚類の群集組成についての解析を行った。仮根部のサイズや深度による違い、隣接する生息基質である紅藻類上の生物群集との比較、仮根部間における分布パターンなどの解析を行い、仮根部に形成される端脚類群集の組成について基礎的な知見を得ることを目的とした。

方法

 静岡県伊東市富戸の伊豆海洋公園において 11 月 10 日と 17 日にスキューバ潜水による採集を行った。この時期はアントクメの葉上部が枯死・流出し、仮根部のみが残存している。海中に張り出した岩礁の水深 5m と 15m 地点に 0.5m×2.0m の調査区を設置し、これを各々 25cm×25cm の 16 区画に分割した。仮根部数は区画ごとに全て計数した。次に 16 の区画から乱数表により 4 区画を抽出し、それらの区画から各々動物採集用の 1 株を採集し、他の株もサイズ計測用に回収した。また、調査区内の紅藻類から、無作為に 4 サンプルを採集し、その後調査区内の残りの紅藻も全て刈り取った。紅藻類の葉上動物と仮根部内の動物を全て取り出し、 0.5mm のメッシュでふるい、 5% の中和ホルマリン溶液で固定した。得られた動物の中から端脚類のみを顕微鏡下で選別した。幼体は解析の対象外としたため、取り出した端脚類から体長 2mm 以下のものを除き、 2mm 以上のものについて個体数のカウントと種の判別を行った。なお、種の判別は 11 月 10 日に採集したサンプルから得られた端脚類についてのみ行い、種までの同定が不能なものについてはできる限り低次の分類群まで判別した。紅藻類と仮根部は動物のソーティングを終えた後、容積、湿重量、乾重量をそれぞれ測定した。
 これらから得られたデータをもとに、仮根部・紅藻それぞれについて、端脚類の 1m2 あたりの密度推定を行った。仮根部については 1 株あたりの平均個体数に調査区内の株数を乗ずることで、紅藻については 1cm3 あたりの個体数に調査区内の紅藻の総容積を乗ずることで個体数を推定した。次に以下の統計的解析を行った。まず仮根部・紅藻のサイズ(容積、重量)と端脚類の個体数の相関解析を行った。また群集組成の深度による相違と仮根部と紅藻間における相違を調べるため、Bray-Curtis 類似度を用いたクラスター解析を行った。さらに仮根部における総個体数の 9 割以上を占めた上位 10 種に関しては、空間分布のパターン解析を行った。

結果

 密度推定の結果、全ての調査区において仮根部内の総個体数が紅藻上の総個体数を上回った。また容積と個体数で相関解析を行った結果、紅藻については有意な相関は得られなかったが、仮根部についてはサイズと個体数の間に強い正の相関が確認された。
 種の判別を行った 11 月 10 日のサンプルからは計 34 種の端脚類が確認され、ここから得られた種数と個体数のデータを元にクラスター解析を行った。それぞれの仮根部又は紅藻類から得られた各種の個体数は平方根に変換した後相対値とし、 Bray-Curtis 類似度を求めてデンドログラムを作成した。その結果、仮根部の端脚類群集は紅藻の端脚類群集と明確に異なるクラスターを形成した。一方仮根部、紅藻の双方において、水深の違いによる群集組成の明確な違いは見られなかった。
 調査区内における仮根部にすむ端脚類は、解析を行った 10 種のうち 9 種で強い集中分布を示した。

考察

 仮根部の端脚類推定密度が紅藻の推定密度を上回ったことから、調査区内における端脚類の密度分布が仮根部に集中することが明らかになった。また相関解析の結果から、仮根部のサイズが端脚類の密度の制限要因となっている可能性が示唆された。さらにクラスター解析の結果、仮根部の端脚類群集は近接する紅藻類のものとは異なり、独特な群集が形成されることが分かった。仮根部は紅藻類に比べて閉鎖的かつ複雑な形態をもち、両者の群集組成の異質性はこうした空間構造の違いを反映していると考えられる。これまで藻場の動物相についての研究は葉上動物を中心に行われてきたが、端脚類に関しては大型褐藻類の仮根部に高密度かつ特異な群集が形成され得ることから、藻場生態系を理解するためには葉上動物のみならず、仮根部の群集にも着目する必要がある。また、仮根部群集の形成は水深の影響を受けず、個々の仮根部における群集の成立に及ぼす偶発的過程が重要である可能性が高い。
 仮根部における主要種の多くが強い集中分布を示したのは、端脚類の直達発生による可能性がある。幼体が分散せずに親と同じ仮根部内に留まることで、ひとつの仮根部に血縁の近い個体群が形成されるのかもしれない。今後は仮根部の生長に伴う群集の形成過程を検証することで、種毎の分布パターンが生じる機構をより詳細に明らかにしていく予定である。


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