つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100735

ショウジョウバエ学習記憶中枢(キノコ体)遺伝子の発現解析

猪野 彩子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 古久保−徳永 克男 (筑波大学 生命環境科学研究科)

●背景と目的
 キノコ体は、多くの節足動物の脳において見られる構造であり、学習・記憶・認知などの多様な高次機能の中枢である。ショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)の脳におけるキノコ体は、全容積の6割を超える発達した神経構造を有している。ショウジョウバエ成虫キノコ体は、神経細胞体(Kenyon cells)、樹状突起の集合体である傘部(calyx)、柄(peduncle)、そして主要な出力構造である葉部(lobe)から形成される。神経細胞は、総数約2500個と概算されているが、そのすべてがわずか4個のキノコ体神経芽細胞の分裂により形成される。傘部(calyx)は触角葉(antennal lobe)から嗅覚情報の入力を受け、その情報は柄(peduncle)を介して上方に2つ(α、α´)と正中方向に3つ(β、β´、γ)の構造に分岐した葉部(lobe)に伝達される。これまでに、キノコ体の形成にPax6/eyeless遺伝子が重要な機能を持つことがしめされてきたが、キノコ体形成制御遺伝子の系統的同定は、神経構造の複雑さと重複した制御網に阻まれ、従来の遺伝学的スクリーニングではきわめて困難であった。そこで、当研究室の小林により、ショウジョウバエ全ゲノムをほぼ網羅するマイクロアレイを用いたキノコ体発現遺伝子の体系的同定が行われ、キノコ体を欠損させた脳での発現が顕著に低下する102個の遺伝子が同定された。
 本研究は、同定された102個の遺伝子のうち、野生型の脳で発現レベルが高く、特にキノコ体で特異的に発現していると考えられる14個の遺伝子について、in situ hybridization を行い、その発現パターンを解析することを目的とするものである。

●材料・方法
・probeの作製
 まず、14個の遺伝子それぞれを導入したベクターを用い、大腸菌を形質転換させ培養を行った。ベクターDNAを抽出した後、DIG(Digoxigenin)によってラベルされたRNA probeを作製した。
・in situ hybridization、顕微鏡観察
 作製したRNA probeを用いてin situ hybridizationを行い、それぞれの遺伝子の発現パターンを調べた。このとき、GFPでキノコ体がマークされるような個体(UAS-mCD8::GFP;OK107)を用いた。

●結果・考察
 まず、キノコ体での発現が確認されているeyelessのRNA probeを用いて、三齢幼虫脳で様々に条件を変えてin situ hybridizationを行った。その結果、キノコ体神経細胞体でのシグナルの発現を確認することが出来た。この条件を基に、14個の遺伝子RNA probeを用いての成虫・三齢幼虫のin situ hybridizationを行った。この結果、いくつかの遺伝子についてはキノコ体における発現を示唆する結果を得ることができた。しかしながら、ハイブリダイゼーションのバックグランドが高く、結論を出すにはいたらなかった。このため、新たに検出条件を検討し、14個の遺伝子についてin situ hybridizationを行う必要がある。さらには、マイクロアレイにより同定されたその他の遺伝子についても同様の実験を行い、最終的にキノコ体で発現する遺伝子群の網羅的カタログを作成する予定である。


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