つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100737

細胞性粘菌における配偶子特異的遺伝子racF2のプロモーター解析

入江 拓磨 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 漆原 秀子 (筑波大学 生命環境科学研究科)


● 背景及び目的
 細胞性粘菌Dictityostelium discoideumはバクテリアなどの餌がある時は,単細胞アメーバの状態で分裂することにより増殖しているが,様々な環境条件により2種類の多細胞体に発生することが知られている.第1に飢餓状態では,アメーバが集合し,柄と胞子からなる子実体という多細胞体を形成する.第2に暗条件・過剰な水分下では,性的に成熟し,相補的な交配型の細胞同士で融合し,マクロシストという多細胞体を形成する.前者を無性的発生,後者を有性的発生と呼んでいる.
 我々の研究室では有性生殖のモデルとして細胞性粘菌の有性的発生過程を利用している.成果として性的に成熟した細胞(FC細胞)由来のcDNAから性的に成熟していない細胞(IC細胞)由来のcDNAを除いたサブトラクションライブリーを構築しており,このライブラリー中に含まれている遺伝子が有性生殖をする上で重要な遺伝子であるとして解析が行われている.
 研究ではこのライブラリー中にある遺伝子で,IC細胞に比べFC細胞での発現比の大きい遺伝子のプロモーター解析により,細胞性粘菌が有性生殖の際にどのように遺伝子の切り替えを行っているのかという,配偶子形成過程における遺伝子の転写調節機構の解明を目指した.そのために,FC細胞特異的遺伝子群全体を解析するとともに,FC細胞で発現が190倍に大きく増加する遺伝racF2の解析を行った.

● 方法

  1. MEMEによる特徴配列の抽出
     FC細胞において発現が上昇する24個の遺伝子の上流配列を細胞性粘菌ゲノムデータベースから取得し,複数の核酸やタンパク質配列から特徴配列を抽出するプログラムであるMEME(http://bioweb.pasteur.fr/seqanal/motif/meme/meme.html)を利用し特徴配列を抽出した.
  2. racF2プロモーター領域のクローニング
     細胞性粘菌のKAX3株のゲノムからEcoRIとPstIによってracF2の上流配列を含む断片を切り出した.その断片をpUC19に連結して,大腸菌を形質転換させた.コロニーハイブリハイブリダイゼーションにより目的の断片を持つプラスミドをもつ大腸菌をスクリーニングし,racF2のプロモーター領域をクローニングした.
  3. プロモーター解析用コンストラクトの作製
     クローニングしたracF2のプロモーター領域をlacZの上流につないだコンストラクトを作製し,細胞性粘菌を形質転換した.現在,形質転換体を単離しているところである.この後は上流配列の5’側から段階的に削ったコンストラクトし,細胞性粘菌を形質転換する.
  4. プロモーター活性の測定
     形質転換した細胞性粘菌からタンパク質を抽出し,ONPG(o-Nitrophenyl β-D-galactopyranoside)を基質として添加させて反応させ,420nmの吸光度を測定することによって酵素活性の指標とする.FC細胞とIC細胞との酵素活性の比をとることでプロモーター活性を調べる.

● 結果及び考察
 MEMEによりracF2及びその他のFC細胞で発現が上昇する遺伝子群の上流配列に特徴的な配列がいくつか見つかり5’-TGTTGT-3’,5’-TGGTGC-3’などの配列が抽出されてきた.これらの配列が実際に配偶子形成時や有性生殖過程において必須のシス因子であるかどうかはプロモーター解析を通じて実験的に検証する必要がある.5’側を削ったプロモーター領域のβガラクトシダーゼの活性を測定することで,これらのシス因子候補が本当に機能を持つかどうかを確かめ,さらに未知のシス因子を発見することが次の課題である.プロモーター領域のクローニングについては約2×105の形質転換体から1個のクローンを得ることができた.現在進行中の細胞性粘菌への導入が成功すれば,プロモーター解析への道が大きく開けることになる.以上のことを通じ,細胞性粘菌が暗条件・過剰な水分という外的なシグナルによって,有性的発生過程に必要な遺伝子の発現をどのように誘導するのかを調べていきたい.


©2005 筑波大学生物学類