つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100738

高齢者の腸腰筋横断面積に関する研究 −MRI画像による分析−

岩嵜 章太郎 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 足立 和隆 (筑波大学 体育研究科)

 <目的>

 少子高齢化が唱えられて久しい現在の日本社会においては、いかにして高齢者が若年層と同じように健康的で活動的な生活を長く続けていくことができるかということが一つの重要な課題となっている。

 高齢者の生活機能を制限する大きな要因としては、歩行能力の低下が挙げられる。歩行はヒトの日常生活における全活動の基礎となる動作であると言える。歩行に問題が生じることにより、寝たきりになる場合も多い.

 歩行能力の低下は、歩行速度の低下によって知ることができる。歩行速度は歩幅と歩調の二つの要素から成り立っている。これまでの研究から、加齢に伴う歩行速度の低下は歩調の減少よりもむしろ歩幅の減少に大きく依存していることが明らかにされている。そして歩幅は下肢を前方へどの程度振れるか、つまりどの程度股関節を屈曲できるかということと密接に関わってくる。

 股関節の主な屈筋としては大腿直筋や腸腰筋(小腰筋を除く)が挙げられる。腸腰筋は内骨盤筋の一種であり、大腰筋、小腰筋、腸骨筋の総称である。筋の発揮する力は筋の生理的横断面積に比例するという報告がある。したがって筋の生理的横断面積を測定することによって、その筋の発揮力をある程度推定することが出来る。

 そこで、本研究では高齢者の大腰筋、腸骨筋(小腰筋を含む)の横断面積をMRI画像から測定し、高齢者における大腰筋と腸骨筋の断面積の実態を明らかにし、これと高齢者の運動能力との関係を検討することを目的とする。



 <方法>

 本研究では、筑波大学・先端学際領域研究センターと茨城県・大洋村役場が共同で行った「大洋村プロジェクト」で1999年に撮影した腰部の水平断面MRI画像を用いた。被験者は大洋村に在住の185人(女138人、男47人、49歳〜89歳)であった。被験者の抽出は大洋村役場の職員が無作為に行い、データ等の公表に同意を得られた者のみが参加した。

 MRIは筑波大学附属病院に設置されている臨床用MRI装置(Sigma、GE、USA)1.5Tで測定した。連続的に測定された断面のうち、大腿骨頭における水平断面を起点として上方(頭の方向)に12.5mm間隔で10断面(起点から10番目の断面までの距離:112.5mm)を出力し、X線撮影用フィルムに焼き付けた。撮影部位はおよそ第四腰椎から大腿骨頭までである。これらの画像を透過原稿用スキャナでコンピュータに取り込み、再度プリンタで印刷して大腰筋、腸骨筋(小腰筋を含む)を同定後、これらの筋の横断面積をディジタイザで測定した。今回は性別によるデータの分類は行わず、同一のものとして扱った。

 なお、ここではこのうち大腰筋の第五腰椎付近における横断面積の測定に関して報告する。



 <結果および考察>

 身長(cm)と大腰筋横断面積の平方根(cm)の相関をFig.1に示した。横断面積の数値は二次元のものなので、身長と比較する際には面積の平方根を用いた。身長と大腰筋横断面積の平方根は1%有意で相関関係を示した。

また、身長で基準化した歩幅(S/H:歩幅を身長で割った数値)と大腰筋横断面積(cm2)の相関をFig.2に示した。歩幅は下肢長にも大きく依存していると考えられるので、単位身長あたりの値に変換して用いた。横断面積とS/Hとの比較の際は、筋の発揮する力は断面積に比例することが分かっているので、面積をそのまま用いた。S/Hと大腰筋横断面積は1%有意で相関関係を示した。したがって大腰筋が歩幅の減少に対し大きく影響していることが確かめられた。

 年齢と大腰筋横断面積の関係(Fig.3)について、横断面積と身長の比例関係は見られたが、年齢との相関は確かめることはできなかった。これは大腰筋横断面積の個人差が大きいためである。したがって単純に年齢から大腰筋の横断面積を判断することはできないと考える。



©2005 筑波大学生物学類