つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100742

枯草菌RNAシャぺロンYmaHの遺伝子発現制御機能の解析

片山 桜子 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 中村 幸治 (筑波大学 生命環境科学研究科)


<目的>
 バクテリアにおいて、アミノ酸をコードせず、それ自身で機能を持つRNA(非翻訳型RNA; ncRNA)の存在が知られている。特に、500塩基以下の低分子非翻訳型RNA(sRNA)が、標的mRNAと塩基対形成することにより翻訳を促進または抑制したり、mRNAの分解を引き起こすことが多数報告されており、転写後の遺伝子発現制御に重要な役割を担っていると考えられている。これらのsRNAは、酸化ストレス、浸透圧変化、温度変化といった環境の変化に応答する遺伝子の発現を調節しているものを多く含み、またバクテリアのsRNAは、真核生物においてmRNAの翻訳阻害やターンオーバーを促進するmicro RNAに、機能的に相同であることから、その機能解析は生物の生命現象を知る上で重要である。
sRNAは細胞内で不安定に存在するため、sRNAを安定化して、標的となるmRNAとの相互作用を促進するようなタンパク質の存在が考えられる。グラム陽性細菌である枯草菌は、全塩基配列が決定されており、本研究室においてもncRNAの解析を進めている。しかし、これまで同定されたものは転写レベルでの調節に関与するものが多く、転写後レベルで機能するものは未だ同定されていない。遺伝情報に基づいて解析したところ、RNAシャぺロンとして機能すると予測されるYmaHを同定した。YmaHは大腸菌Hfqと相同性を示す。Hfqは、RNAシャペロンとしてDsrA RNA、OxyS RNAといったsRNAの機能に重要であることがわかっている。本研究では、YmaHの遺伝子発現制御機構を解析するため、・ymaH破壊株を作製し、マイクロアレイ解析を行い、YmaHにより発現が制御される遺伝子を探索する。・YmaH抗体を用いた、免疫沈降法による結合RNAの探索を行う。これらの実験から、YmaHの遺伝子発現制御機構及び、転写後レベルでの発現制御に関わるsRNAに関する知見が得られると期待される。  
<結果・考察>
 ・ 枯草菌野生株ymaH遺伝子の5'側上流領域、3'側下流領域とクロラムフェニコール耐性遺伝子(cat遺伝子)をそれぞれPCRで増幅した。次にそれら3つの領域の断片を混ぜて、fusion PCRを行うことにより、ymaH5'側上流領域-cat遺伝子- ymaH3'側下流領域のPCR断片が得られ、これを枯草菌野生株に導入した。作製した変異株のゲノム上に、cat遺伝子が組み換えられていることをPCRにより確認した。次に、cat遺伝子の両側に制限酵素サイトを持つAvaI、HaeⅢそれぞれでゲノムを切断し、Southern解析を行った。プローブは、PCRで増幅した後DIGラベルしたcat遺伝子を用いた。その結果、予想された大きさで検出されたため、ymaH遺伝子が正しく欠損されていることを確認した。また同様な方法でymaHプローブを作製し、Northern解析を行った。枯草菌野生株とymaH破壊株をL培地、37℃で3時間培養し、抽出したRNAを用いた。その結果、野生株ではymaHの発現を確認できたが、ymaH破壊株ではymaHの発現は見られなかった。以上の実験からymaHは欠損により転写されないことが確かめられた。この欠損株のL培地、37℃における生育を測定したところ、野生株と大きな違いは見られなかった。
 ・ YmaHに6xHisを付 加したタンパク質を作成するために、枯草菌野生株ymaH遺伝子をPCRで増幅して発現ベクターpQE60に挿入し、大腸菌JM109株に導入した。これを培養し、プラスミドの抽出を行って目的のプラスミドを得た。作成したプラスミドの配列を読んだところ、プラスミドが正しく作製されたことを確認した。次に、このプラスミドをタンパク質過剰発現株である大腸菌M15株に導入した。この株を2xLAK培地で培養し、IPTGを添加してYmaH+6xHisを過剰発現させた。細胞抽出液をNi-NTAagarose(QIAGEN)を用いて目的タンパク質を精製し、SDS-PAGEで展開した後、CBB染色した。得られたタンパク質の分子量を分子量マーカーで測定したところ、およそ8kDaであり、YmaHの分子量である8.3kDaとほぼ一致した。また、N末端解析を行ったところ、N末端側10アミノ酸が一致しており、得られたタンパク質はYmaH+6xHisであることが確かめられた。次に、YmaH+6xHis/M15株から精製したタンパク質を、SDS-PAGEで展開した後、目的タンパク質のバンドを切り出した。そして422Electro-Elluter (BIO-RAD)を用いてゲルからのタンパク質抽出を行った。その結果、抗原として用いるための、1mg/mlのYmaH+6xHis溶液(10mMTris-Hcl 緩衝液 pH7.2)を約2mlを得た。
<今後の課題>
 今回作製したymaH破壊株を用いて、マイクロアレイ解析を行うことで、YmaHに制御されている遺伝子を同定する。それらの遺伝子が共通の配列や、特徴的な構造を持つか調べる。もし、大腸菌Hfqと同様に、多数の標的RNAを持つとしたら、YmaHがどのようにして標的RNAを認識しているのか、RNA相互作用をどのように制御しているのか、について検討できるのではないかと考えている。また、YmaH抗体を用いて免疫沈降を行うことで、結合RNAを探索し、それらの中に新規のsRNAがあるか、破壊株でのマイクロアレイ解析でymaHにより制御されると考えられた遺伝子が含まれるかどうか調べる。また、マイクロアレイ解析で得られた標的RNAにYmaHを作用させて実際に相互作用するか調べることで、YmaHの枯草菌におけるRNAシャペロンとしての機能解析を行っていきたいと考えている。


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