つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100743

イモリ網膜再生過程におけるコリン作動性介在ニューロンの機能発達に関する研究

金子 潤 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 千葉 親文 (筑波大学大学院生命環境科学研究科)

[背景と目的]
 複雑な神経回路が発生過程においてどのように形成され生理機能を発現するようになるのかはほとんど明らかにされていない。その主な理由は、胚の時期の神経組織は小さくて脆弱なため電気生理学によるアプローチが困難であることと、発達過程を通じて同定・追跡可能な細胞種が限られていることである。
 有尾両生類のイモリは、成体において、眼球から網膜神経組織を失っても、網膜色素上皮細胞の分化転換を介して完全な網膜を再生することができる。これは成体の眼球(卵とほぼ同じ大きさ)内で網膜発生が繰り返される現象として理解される。また、イモリ網膜の細胞は、他の動物種のそれと比べて大きく、しかもタフなため、生理実験に適している。そのため、イモリ網膜再生系は、発生系に代わり、中枢神経組織形成研究のための有用なモデル実験系となりうる。私の所属する研究室では、これまでに、イモリ再生網膜のスライス-パッチクランプ法を確立し、網膜の出力ニューロンである神経節細胞の発達過程について研究してきた。しかし、組織中に存在する介在ニューロンについては、細胞同定が困難なため全く手が付けられていない。
 アセチルコリン(Ach)作動性アマクリン細胞は、内顆粒層と内網状層の境界、および内網状層と神経節細胞層の境界に存在する介在ニューロンで、物体の運動方向の検出に関わると考えられている。先行研究により、イモリのAch作動性アマクリン細胞がAch合成酵素(Choline acetyltransferase:ChAT))に対する抗体で特異的に染色されることが分かっている。また、胚発生および網膜再生過程におけるAch作動性アマクリン細胞の出現時期と発達過程が免疫組織化学法により詳しく解析されている。
 イモリ再生網膜のスライス-パッチクランプ法にChAT抗体による免疫染色法を組み合わせることができれば、Ach作動性アマクリン細胞を同定し、その機能発達の過程を明らかにすることができると考えられる。そこで、本研究では、そのステップとして、正常網膜スライス標本を用いて実験条件の検討を行った。

[結果と考察]
 まず、(1)スライス標本中のAch作動性アマクリン細胞を、ChAT抗体を用いて染色する条件を決定した。Ach作動性アマクリン細胞の細胞体は内顆粒層(INL)と内網状層(IPL)の境界、および内網状層(IPL)と神経節細胞層(GCL)との境界に分布することが分かった。しかし、個々の細胞の形態は明らかでなかった。そこで、次に、(2)ガラス微小電極を用いて蛍光物質Lucifer yellowをアマクリン細胞に注入することで神経突起を染色する条件を決定した(一例を図1に示す)。現在、(1)と(2)を組み合わせることで、Ach作動性アマクリン細胞の形態と神経突起の分枝パターンを明らかにする努力をしている。さらに、(3)スライス標本中のアマクリン細胞からグラミシジン穿孔パッチ法により膜電位・電流応答を計測する条件を検討している。今後、これら全ての手法を組み合わせることで、Ach作動性アマクリン細胞の形態および電気的性質を明らかにし、網膜再生系を用いた機能発達過程の研究につなげていく予定である。

図 1


©2005 筑波大学生物学類