つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100744

土壌からケカビ目菌類を分離するための簡便法の開発

金子 美幸 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 徳増 征二 (筑波大学 生命環境科学研究科)

緒言

 ケカビ目菌類(接合菌門接合菌綱)の多くは腐生菌で、単糖類やアミノ酸を主な炭素源として利用し、そうした成分を多く含む基質、例えば甘い果実や花あるいは煮炊きした穀物や豆類などに素早く定着、胞子形成、分散するという特徴がある。この菌群の中には多様な基質上に生育するもの(ケカビ属菌など)と、自然界では限られた種類の基質上にしか発生しないものがある。前者の大半は広域分布種で、散布体は分布地域の土壌中に高密度で分布しており、栄養寒天培地を用いた土壌希釈平板法や混釈法で容易に分離することができる。一方後者に関しては自然界における生態が不明であるものが多いが、一部は動物媒により分布を広げており、土壌中の散布体密度は低いと考えられる。このため、通常の平板法ではまれにしか記録できず、分類、生態の研究の障害となっている。
 演者は上述の理由で研究の遅れている後者のケカビ目菌類の分類、生態を明らかにすることを目的としているが、その第1段階として土壌からそれらを効率よく分離する方法の開発を試みた。

材料と方法

 対象菌群:本研究ではケカビ目コウガイケカビ科に属する菌類を対象として選択した。この菌群は、熱帯においては果実、落花上に周年頻繁に発生している。一方温帯においては夏季のみに、枯れたあるいは地上に落下した一日花(咲いた日にしぼむ花)に多発し、冬季においては基質が存在しないため発生は温室内に限定されている。そこで、この菌群を土壌から効率的に分離する方法の開発を行うことにした。
  土壌試料:2004年12月に群馬県前橋市の広瀬川沿いに植栽されたムクゲの下より採集した。ムクゲの花は一日花で対象菌群の代表的な基質として知られており、樹下の土壌にはそれらの散布体が比較的高密度で存在すると考え試料とした。
 分離方法:分離方法として湿室釣菌法を用いた。プラスチック製カップ(直径66mm 高さ34mm)に薬さじ1.5杯分の土壌を入れ、その表面に約1cm四方の野菜ジュース寒天を4個のせ30℃で培養した。野菜ジュース寒天の糖類濃度は0.5%、1.0%、2.0%、4.0%に調整し、1濃度に対して6カップずつセットした。培養はセット後6日間培養し、適時実体顕微鏡で観察、同定し、出現頻度を記録した。

結果

 試料土壌からはコウガイケカビ科に属するChoanephora cucurbitarumが出現した。糖類濃度2.0%の野菜ジュース寒天を添加した場合6カップ中4カップから出現し、全てのセットの中で最も頻度が高かった。この種は培養開始後4日以内に出現し、それ以降新たに出現した例は無かった。

考察

 野菜ジュース寒天を釣餌とした湿室釣菌法を30℃で4日間行うことにより、土壌からのChoanephora cucurbitarumの存在の確認が可能であること、また、容易に分離できることが明らかになった。この結果から、同様な生理的生態的特徴を持つコウガイケカビ科菌類が土壌中に存在すれば簡便に分離することができると考えられる。さらに添加する寒天の成分や培養温度を工夫することにより自然界では限られた基質上にしか見られないケカビ目菌類を選択的に分離できる可能性が示唆された。
 今後は、より多くの地点の土壌を用いて方法の有効性を検討し、より効率的な方法を模索するとともに、温帯域にある本邦においてコウガイケカビ科菌類がどのような分布(地理的および季節的)をしているかを研究する予定である。


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