つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4:
TJB200501200100748
発癌過程におけるTGF-βの新たな作用
鴨志田 敦 (筑波大学 生物学類 4年)
指導教員:加藤 光保 (筑波大学 人間総合科学研究科)
「背景」
癌は1981年以降日本人の死因の第1位であり、現在2人にひとりが癌を発症し、
3人にひとりが癌で死亡している。
今後も癌で亡くなる人は増え続けると予想されており、
癌の治療法や予防法の開発は重要な課題となっている。
TGF-β(Transforming growth factor-β)は線虫からヒトまでよく保存されたサイトカインの一種で、
哺乳類においてそのファミリー分子は約40種類存在する。
TGF-βが細胞膜上に存在する受容体に結合すると、
細胞内シグナル伝達分子であるR-Smad(receptor-regulated Smad)がリン酸化され、
Co-Smad(common-partner Smad)と結合して、核内へと移行する。
核内でSmad複合体は自らDNAに結合し、
あるいは種々の転写因子と相互作用することにより、
標的遺伝子の転写を調節する。
TGF-βシグナル機構の異常が、癌などの疾患に関与することが明らかになり、
その分子メカニズムの解明とともに治療への応用が注目されている。
これまでに、TGF-βは癌組織で過剰に分泌されて、
細胞外マトリックスの沈着の促進や血管新生の促進、
免疫系の抑制などにより癌の伸展を促進するが、
癌細胞自身はTGF-βの増殖抑制活性や
アポトーシス誘導活性に不応答になり、自律的に増殖することが知られている。
近年、環境中に存在する化学発癌物質が人体への発癌のみならず、
生態系にも多大な影響を与えていることが報告されている。
CNCファミリーに属する転写因子Nrf2 (NF-E2 related factor 2)は、
化学発癌物質等の解毒反応を制御する因子であり、
化学発癌物質や酸化ストレスにより活性化し、
核内でARE (antioxidant-responsive element)とよばれるエンハンサー配列に結合して
様々な解毒酵素遺伝子の転写を誘導し、
化学発癌物質の代謝を促進することによって癌の発生に抑制的に働いている。
胃癌における慢性萎縮性胃炎や肝細胞癌におけるウイルス性肝炎など、
将来、癌が高率に発生する病変の存在が知られており、
前癌病変と呼ばれている。
このような病変部位には、TGF-βが大量に存在している。
前癌病変部位には、なぜ癌が発生しやすいかは明らかになっておらず、
化学発癌物質への感受性が変化しているのかについても知られていない。
そこで本研究ではTGF-βがNrf2の活性にどのような影響を及ぼすのかを調べ、
発癌過程におけるTGF-βの新たな作用を明らかにするために以下の実験を行った。
「方法」
ヒト胎児腎上皮細胞株である293T細胞にNrf2発現ベクターを導入し、
AREの下流にルシフェラーゼ遺伝子を挿入したレポーターを用いてNrf2の転写活性を調べた。
また、この実験系にTGF-βシグナルを作用させて、
Nrf2活性に及ぼす影響を検討した。
次に、Myc-SmadとFLAG-Nrf2を293T細胞に導入し、
抗Myc抗体で免疫沈降を行い、
SDS-PAGEを行ってタンパク質を分離後、
メンブレンに転写させ、抗FLAG抗体を用いてブロッティングを行って
SmadとNrf2が結合するか検討した。
また、各ドメインを欠損させたNrf2変異体を作製し、
Nrf2分子内のSmad結合部位の同定を試みた。
「結果・考察」
293T細胞にNrf2を発現させると、ARE依存的な転写活性の上昇が認められた。
これに、TGF-βのI型受容体の恒常活性型であるALK5(TD)と
R-SmadであるSmad3とCo-SmadであるSmad4を発現させたところ、
Nrf2活性が顕著に抑制された。
この結果により、TGF-βシグナルによって
Nrf2活性が抑制されることが明らかになり、
この作用によりTGF-βは化学発癌物質による形質転換を促進する可能性が示唆された。
次に、Nrf2とSmad1〜7との結合を免疫沈降法により検討したところ、
Nrf2は全てのSmadと結合することが判明し、
なかでもSmad3との結合が最も強い事が明らかになった。
Smadに結合してその活性を抑制する分子であるc-Skiを用いたところ、
c-Skiの発現により、
ALK5(TD)、Smad3、Smad4によるNrf2活性の抑制が解除された。
また、同様の結果がc-Skiのファミリー分子であるSnoNでも確認された。
Smad3との結合能を欠損させた変異体であるc-SkiΔ2/3と、
Smad4との結合能を欠損させた変異体であるc-Ski W274Eを用いて同様の実験を行ったところ、
c-Ski W274Eは野生型のc-Skiと同様にNrf2活性の抑制を解除したが、
c-SkiΔ2/3では抑制の解除が減弱していた。
この結果より、c-SkiとSmad3との結合が、
SmadによるNrf2活性の抑制解除に重要であることが明らかになった。
さらにNrf2の各ドメインを欠損させた変異体を作製し、免疫沈降法でSmad3との結合を調べた。
その結果Smad3はNrf2のN末端側の
Neh2ドメインと217番から232番のアミノ酸領域の2ヶ所に結合することが明らかになった。
「今後の展開」
tBHQ等の親電子試薬によって内在性の解毒酵素遺伝子群の発現が誘導される系における
TGF-βの影響を明らかにする。
また、Smadが結合できないNrf2変異体を作製し、
TGF-βシグナルによるNrf2活性の抑制における
Nrf2とSmadの結合の意義を明らかにする。
さらに、Smadと結合しなくなることにより
TGF-βシグナルによって抑制されないNrf2が作製できたら、
その発癌抑制活性について個体レベルで検討する。
©2005 筑波大学生物学類
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