つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100752

マイクロサテライトDNAを用いたマルハナバチの巣数推定アルゴリズムの構築

小久保 望 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 徳永 幸彦 (筑波大学 生命環境科学研究科)

研究の概要
  マルハナバチは虫媒花の受粉を担う送粉者として農業利用や保全生態学的な観点からもさかんに研究が行われている、膜翅目ミツバチ科の昆虫である。ある時点に特定地域で採集されたマルハナバチの由来巣数を推定することができれば、野生化したセイヨウオオマルハナバチの生態リスク評価や、絶滅が危惧される在来種の個体群数推定をする際の有効な手法となりうる。これまでに、Chapmanら(2003)やDarvill(2004)らによって、最尤法や尤度比検定法による巣数の推定が行われてきたが、筆者らはサンプル数が少ない場合でも実用的な範囲で推定値を算定可能な解析モデルの構築を試みている。今回その第一段階として、対立遺伝子共有度 (以下SA値)、遺伝子型共有度(以下、SL値)によるスコアリング法(以下それぞれSL法、SA法)および数量化3類を利用したソート法を考案した。モデルの精度を確かめるために、血縁関係が既知であるクロマルハナバチワーカーの4座位のマイクロサテライトデータから、無作為に抽出したデータセットを用いて検証した。その結果、特にサンプル数の小さいデータについて、正しく並べ替えることができた。

実験1 : 各巣から一定個体ずつ抽出したサンプルの正答数の変化
  データベースより、各巣から一定個体(2-5個体/巣)をランダムに抽出した 20組のデータにおいて、巣数の増加に伴う正答率の変化を調べた。本研究において正答とは、同巣個体同士が集まるように正しく並べかえることができたことを示す。実験の結果、ソート法や各巣からの抽出数によらず、巣数が3-4で正答率が0.5を下回り、 5-6でほぼ0に達していた(図1、SA法でも同様の結果が得られた)。

実験2 : 各巣からランダムに抽出したサンプルの正答数の変化
  次に、各巣から抽出する個体数をランダムに抽出した20組のデータについて、個体数および巣数の増加に伴う正答率の変化を調べた。実験の結果、個体数に関してはスコアリング法によらず、10以上で0.5を下回り、25以上でほぼ0に達していた。また巣数に関しては、実験1の巣当たり個体数4以上の結果と同様の曲線を描き、巣数3-4で0.5を下回り、5-6でほぼ0に達していることがわかった。

巣数の推定
  以上の実験より、巣数の小さいデータにおいては、正しく並び替え血縁関係を復元することができた。巣数が3以上になると急激に正答数が減少していたが、正答できなかったデータにおいても部分的には正しく並び替えられている箇所が多数見受けられた。したがって、正答が得られたデータだけでなくそれ以外のデータに関しても巣数が5以下、個体数が25以下のデータであれば、並び替えた後のスコア行列の処理の方法次第で、実用的な範囲で巣数を推定できるような有効な手段として活用できることが期待される。今後は、ソート法の改良、およびスコア行列からの巣数推定法の確立に取り組みたい。

図1:各巣から一定個体抽出したデータにおけるSL法の 正答率の変化
図2:各巣からランダムに個体を抽出したデータにおける個体数(上)の および巣数(下)に伴う正答率の変化
*図をクリックすると拡大します
図3:スコア行列をイメージングした例: 各巣から3個体ずつ3巣から抽出したデータを用いた


マイクロサテライトデータ
  五箇公一博士(国立環境研)、浅沼友子氏(東大・農、当時)より商業用クロマルハナバチコロニーのマイクロサテライトDNAのデータを提供していただいた。データに使用されたクロマルハナバチは、全国各地から集められたクロマルハナバチ女王を実験室環境で商業用に飼育し、22の巣からそれぞれ5個体ずつ採集したワーカーのデータである。マーカーにはB11,B96,B181,B121という4つのマイクロサテライトマーカー用いて(Widmer et al.,1998)、その単純反復多型をフラグメント解析して得たデータをモデル解析の際のデータベースとして利用した。


    ©2005 筑波大学生物学類