つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100755

樹木におけるテロメラーゼに関する研究

護得久 えみ子(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 酒井 愼吾(筑波大学 生命環境科学研究科)

【背景・目的】
地球上で最も長く生き続けることができる生物は、樹木である。時として数千年生きることができる樹木は、その間形成層の細胞を分裂させて、成長を続ける。  真核生物の染色体は、その末端にテロメアと呼ばれる特異的な塩基配列の繰り返し領域を持ち、テロメア領域によって染色体の安定化をはかっている。しかし、細胞が分裂するときに、染色体末端は末端複製問題により完全には複製されない。  このようなテロメアの短縮を修復しているのが、テロメラーゼである。テロメラーゼは逆転写の鋳型となるmRNAを持つTERT(telomere reverese trascriptase)タンパクと、その他の結合タンパクからなる複合タンパクで、ヒトのガン細胞や生殖器官、植物ではカルス・芽生え・茎頂や根端の分裂組織・生殖器官などの細胞分裂が盛んに行われているところで発現することが知られている。草本植物では、芽生えや培養細胞を用いた実験から、植物ホルモンのオーキシンの濃度が高いところではテロメラーゼ活性が高いことが明らかになり、 オーキシンによるテロメラーゼ活性の誘導が示唆されている。  一方、樹木においてのテロメラーゼについての報告はなされていない。しかし、樹木におけるIAAの分布は形成層で最も濃度が高く、師部や木部では低いということがわかっていることから、樹木におけるテロメラーゼ活性は形成層で観察できると考えられる。  そこで、本研究では日本に現存する最も長寿な樹種であるスギを用いて、まず、現在までのテロメラーゼ活性測定方法が、樹木に適応できるかどうかについて検討した。そして、形成層・師部・木部でのテロメラーゼの活性を調べることで、樹木の生長にテロメラーゼが関与していることを明らかにしたいと考えている。

【方法】
○ スギからのタンパク抽出 森林総合研究所の農場において育てられた樹齢約7年のスギを材料として用いた。サンプリングは、形成層の分裂が活発である5月下旬から6月上旬に行い、低温条件(4℃)にて樹皮を剥ぎ、ゼリー状の形成層、木部、師部を得た。それぞれの試料は、液体窒素において凍結粉砕し、6 mM KClと2 mM MgCl2とメルカプトエタノールを含む100 mM HEPES-KOH緩衝液(pH 8.0)および2 mM DTT、1 mM DFPを加え、ホモジェナイザーにより摩砕した。得られた上清に、5 mM NaCl(0.02 vol)を加え、100,000g 1 hの超遠心分離を行った。さらにその上清に0.1 volグリセロールを加えた後、2 mM DTT、1 mM DFP、5 mM NaCl(0.02 vol)を含む緩衝液によって150倍に希釈し、テロメラーゼアッセイサンプルとした。

○ストレッチPCR法によるテロメラーゼ活性測定
スギの木部、形成層、師部のtotal protein( 20μg)を用いて28℃下でテロメア伸長反応を行った後、反応産物を精製し、α32P-dCTP存在下でPCRを行った。 これを7%アクリルアミドゲルで電気泳動し、BAS5000を用いて定量した。

【結果】
○ スギからのタンパク抽出方法の確立
タバコやイネの培養細胞に対する方法と同様の方法で、スギよりタンパク抽出 を行ったところ、サンプル液が赤く酸化した状態になった。おそらく樹木に多く含まれるリグニンなどのフェノール化合物による酸化反応であると考えられた。そこで、抽出時の緩衝液にメルカプトエタノールを酸化防止剤として加えたところ、他の植物の抽出と同様のサンプル液を得た。

○テロメラーゼ活性
木部、形成層、師部のテロメラーゼ活性を測定した結果、形成層で最も強く活性があることが確認された。また、師部においても弱い活性が確認された。
形成層は、細胞分裂が盛んであると考えられる領域であるため、テロメラーゼ活性も高く保たれているのではないかと考えている。以前の研究において、オーキシンであるインドール酢酸の量が、形成層において最も多いことが示されていることが示されている。このことにより、樹木においてもインドール酢酸の濃度が高いところではテロメラーゼ活性が高いことが示された。今後、樹木における成長に対し、オーキシンとテロメラーゼがどのように関わっているかについて明らかとなることが期待される。


©2005 筑波大学生物学類