つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100756

植物体および土壌におけるケイ素の定量手法の検討

齊藤 由奈 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 鞠子 茂 (筑波大学 生命環境科学研究科)

 これまでの研究からケイ素(Si)は植物に必須な元素としては認められていない。しかし、イネ科など一部の植物の体にはケイ酸として多量に存在しており、これらのケイ酸植物においては必須的な存在である。ケイ素化合物の吸収、蓄積が増加した場合の利点として、支持器官の堅強さ、水分ストレス耐性・耐病害虫性、塩分ストレス耐性、光合成効率などの向上が認められている。しかし、これらの成果の多くは農学の分野からのものであり、生態学的な意義についての研究はほとんどなされていない。また、生態学的な視点からの研究はかなり以前に行われたものが多く、その後の発展的な研究は行われていない。

 今までの研究の一例として、鈴木・小野(1969)の研究が挙げられる。彼らはさまざまな遷移段階に出現する優占種についてケイ酸含有量の定量的な比較を行っている。しかし、遷移に伴う植物体中のケイ酸含有量との関係については明確な考察がなされていない。その理由は、ケイ酸含有量に種間差はあるものの(0〜15%)、遷移系列に準じて優占種を並べた場合に一定の傾向が見られないためである。このように数少ない論文をサーベイしてみると、この程度の報告しかなされていないものがほとんどである。しかし、こうした研究から二つの可能性を導くことができた。一つは植物の環境形成作用(遷移のドライビングフォース)は土壌のケイ酸含有量に変化を与えないという可能性、もう一つはケイ酸含有量の種間差は生態学的特性よりも植物の系統学的あるいは分類学的地位(特性)の違いに起因するというものである。つまり、ケイ酸の生態学的な意義を解明するためには、種間よりも種内もしくは近縁グループ間での比較研究を通じて行う必要があるように思われる。

 本研究の目的は、同種の個体群もしくは近縁グループの植物群集におけるケイ酸の利用は環境傾度(水分、塩分など)に伴ってどのように変化するかを定量的に評価し、その変化が個体群や群集の維持や拡大にどのような役割を果たしているかを明らかにすることである。この目的を明らかにするために、茨城県つくば市北部の桜川河川敷に分布するオギ群落(個体群)を対象として、次のようなストーリーで研究を行うことにした。2004年の11月に行った野外調査では、オギ群落内で川に近いところから土手に向かって8個の1m×1mコドラートを設置し、シュートの長さ(草丈)、密度、バイオマスなどの測定を行った。さらに、コドラート内の土壌pHや地表付近の相対光強度を測定した。その結果、河川からの距離と植物体サイズやバイオマスとの間に負の関係が見られた。河川に近いオギは大きなシュートの長さ(コドラート内平均2.11m)、密度、バイオマスを持つが、河川から距離が遠くなるにつれてそれらは低下する傾向が見られた(コドラート内のシュート長平均 1.35m)。このことを反映して、相対光強度は河川に近い群落では低い値(11)、遠い群落では高い値(15)となった。また、土壌のケイ素含量に影響を与えるpHについては川からの距離に伴う変化は見られなかった(pH 5〜6.5)。しかし、一般的に水田のように水分量の多いところに可給態ケイ酸が多く存在することが知られている。これらの調査結果と従来の知見から次のことが推察される。川から遠いところや土手のオギは利用できるケイ酸の量が少ないため、シュートの密度やサイズは小さくなる。シュートサイズが小さくなる理由は、ケイ酸含有量が低いために強固な葉身や鞘がつくられないためである。一方、ケイ酸含有量の多い土壌では高い密度と大きいサイズのシュートが見られる。以上の推察を実証するには植物体や土壌のケイ素含有量の分析が必要であるが、本年度は定量分析まで行うに至らなかった。そこで、卒業研究では植物体と土壌サンプリング法、試料の処理法、定量分析の手法について検討するにとどめ、来年度からの大学院での分析調査に備えることにした。

 ケイ酸の定量的な手法としては、ケイ素は原子吸光法により測定できないため、現在もその定量には古典的な化学的吸光光度法(モリブデン青・黄法)が用いられている。この従来法においても、様々な手順が存在するが、本研究では、ケイ素の汚染を最小限に防ぐために、最小限の機材と土壌による汚染への対策を行い、定量時に使用するガラス器具の使用過程を極力省略することで誤差が少なくなるようにした。これにより、少ない実験器具・工程によって定量を行うことができ、定量自体にかかる時間も短縮される。また、定量の処理工程が少ないため、従来の方法よりも高度なスキルを要しないという利点も生じる。次に、野外調査手法であるが、その後の室内での定量作業に膨大な時間を要するため、コドラート中のすべての調査個体やシュートを対象とした調査は現実的ではない。そこで、データの精度を低下させずに、野外調査を行う必要がある。ここでは、草原生態系の調査で通常用いられる1m×1mサイズのコドラートを50cm×50cmサイズのコドラートへ縮小することにした。さらに1コドラートにつき、詳細な個体データを取るための個体やシュートを4個体程度にすることで、定量するサンプル数を絞り込むことにした。それは今回の野外調査の結果から、オギ群落の密度がかなり均一であることが明らかとなったためである。これにより、時間的負荷が軽減され、年間の季節変化を細かく追うために調査回数を増やすことや、複数の群落での調査を平行して行うことが可能となると思われる。

 以上の手法を用いることにより、オギ群落を対象とした調査研究を効率よく行うことができると考えている。また、その他の同種個体群あるいは近縁個体群についても調査して比較研究の幅を広げ、植物のケイ素利用とその生態的意義(たとえば、植生遷移とケイ素利用の関係など)について解明していきたいと考えている。        


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