つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100757

「大腸癌の発生・悪性化に関するTGF-βシグナルの影響」

 坂口 知広(筑波大学 生物学類 4年)  指導教員:  加藤光保(筑波大学 人間総合科学研究科)

【背景】
 多くの癌細胞で、TGF-βのシグナル伝達に関与する遺伝子に変異が生じていることが報告されている。 TGF-βシグナルは、細胞増殖や分化、アポトーシス、遊走、細胞外マトリックスの産生と分解などを調節する多彩な機能を持ち、 多細胞生物個体の形態形成とその維持や修復などの調節因子として働いている。 大腸癌を好発する家族性若年性ポリポーシス症の40%は、TGF-βの細胞内シグナル伝達分子であるSmad4 の遺伝子異常によって発症し、 DNA 複製エラーの修復酵素異常で発症する遺伝性非ポリポーシス大腸癌では、 TGF-βU型受容体の遺伝子に変異が生じることによって癌化が起こることも知られている。 一方、Wnt シグナル伝達経路において癌抑制因子として機能するApc 遺伝子が家族性大腸腺腫症(FAP)の原因遺伝子として同定されている。 我々の研究室では、TGF-βシグナルの細胞内伝達分子であるSmad2 ヘテロ欠損マウスとApc ヘテロ欠損マウスを交配して作成したシス複合ヘテロ変異マウスにおいて、 Apc ヘテロ変異マウスと比較して悪性度の高い消化管腫瘍が発生することを報告している。
 さらに興味ある事実として、悪性度の高い一部の癌細胞が自身の分泌したTGF-βにより浸潤・転移能を獲得することも知られており、 TGF-βは癌の悪性化の過程で全く異なる複数の機能を有していることが示唆されている。 本研究は、優勢抑制型TGF-βU型受容体及び恒常活性型TGF-β1 を消化管上皮特異的に発現させたトランスジェニックマウスを作製し、 作製したトランスジェニックマウスとFAP モデルマウスであるApc 遺伝子へテロ欠損マウスを交配することによって、 Apcの変異によって大腸に発生する腫瘍が浸潤能の獲得などの悪性変化を来たす過程におけるTGF-βシグナルの影響について検討することを最終目的としている。

【方法】
(プラスミド構築)
 細胞内キナーゼ領域を欠損させた優勢抑制型TGF-βU型受容体(TGF-βRUΔC)を作製し、C末端にHA タグを付加した。 活性型TGF-β1 を恒常的に分泌する恒常活性型TGF-β1 (caTGF-β1)は、 TGF-β1 分子のLAP 領域内にある2量体形成に関わるジスルフィド結合サイトである2箇所のCys をSer に変えるポイントミューテーションを導入することにより作製した。 TGF-β1 はLAP と非共有結合した不活性化型の前駆体として分泌され、 プラスミン等の酵素によりLAP が限定分解されることによってLAP から離れ活性型となる。  TGF-βRUΔC 及びcaTGF-β1 cDNA を哺乳類細胞発現ベクターであるpcDNA3 へ導入した。 また、消化管上皮特異的に導入遺伝子を発現させるため、Fabpl4x プロモーターの下流に接続したトランスジーン用ベクターも作製した。 caTGF-β1 に関しては、caTGF-β1 cDNA の下流にIRES-EGFP を付加することにより、 TGF-β1 を産生した細胞をGFP の発現により同定できるようにした。

(トランスジェニックマウスの作製)
レシピエントであるC57/BL6 マウスの受精卵に直鎖化したFabpl4x-TGF-βRUΔC をインジェクションし、 偽妊娠マウスの子宮内に移植した。

(ゲノムDNA の調製とPCR )
導入遺伝子がゲノム上に挿入されているか否かを確認するためにマウスの尾の一部を切り取り、 Proteinase K 、RNaseA 処理後、フェノール・クロロホルム抽出し、イソプロパノール沈殿によりゲノムDNA を精製した。 精製されたゲノムDNA 10 ng、Fabpl4xプロモーター特異的プライマー、TGF-βRUΔC特異的プライマー及びExTaq を用いてPCR を行なった。

【結果・考察】
 pcDNA3-TGF-βRUΔC がTGF-βシグナルを抑制すること、 ならびにpcDNA3-caTGF-β1 が活性型TGF-β1 を産生することを確認するために、 これらの発現ベクターをHepG2 細胞とMv1Lu 細胞に遺伝子導入し、 TGF-β刺激によって誘導される(CAGA)12-luc をレポーターとして用いてルシフェラーゼアッセイを行なった。 その結果、TGF-βRUΔC はTGF-β刺激による(CAGA)12-luc の活性化を抑制した。 また、caTGF-β1 の遺伝子導入はリコンビナントTGF-β1 による刺激と同様に(CAGA)12-luc 活性を誘導した。
 次に、Fabpl4x-TGF-βRUΔC 及びFabpl4x-caTGF-β1 を用いて、 大腸癌細胞であるCaCO-2 細胞やHCT116 細胞を用いてルシフェラーゼアッセイ、RT-PCR やウエスタンブロットを行なったが、 消化管上皮細胞特異的な発現活性は、これらの培養細胞では確認できなかった。 培養大腸癌細胞株中では、このプロモーターの活性が低いことがその原因として考えられる。
 Fabpl4x プロモーターは、トランスジェニックマウスを作成した研究により腸管上皮特異的に発現を誘導することが知られているので、 Fabpl4x-TGF-βRUΔC をマウス受精卵にインジェクションして、トランスジェニックマウスを作製した。 インジェクション後、産まれてきたF0 マウス116 匹からトランスジーン陽性マウス7 匹をPCR 法により同定した。 さらにこのF0 マウスをC57/BL6 マウスと交配することにより、 導入遺伝子の挿入されたF1 トランスジェニックマウスを得ることに成功した。


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