つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100758

EGFPを広範囲に発現するC57BL/6マウス由来のES細胞の樹立

坂田 綾 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 八神 健一、杉山 文博 (筑波大学 人間総合科学研究科)

【背景・目的】
 マウス胚性幹細胞(マウスES細胞)は胚盤胞内部細胞塊(ICM)から樹立され、多様な細胞に分化する多分化能および高い自己増殖能を持つ。このことにより標的遺伝子欠損マウスを作製することが可能となり、遺伝子機能の解析は飛躍的に進歩した。また近年ES細胞から特定の組織を分化誘導する系の開発が進んだことと、ヒトES細胞株が樹立されたことから、in vitro でES細胞から作り出した組織を再生医療に応用する研究が盛んになっている。しかし、ヒトES細胞はin vivo での研究が困難であり、現在のところマウスを用いた研究が最も進んでいるため、マウスES細胞は再生医療の基礎研究にも必須のツールとなっている。そこで今回、EGFPを多様な細胞において恒常的に発現するGreen mouse FM131、C57BL/6 TgN(act-EGFP)OsbC14-Y-FM131 マウスより生殖系列に移行可能なES細胞の樹立を試みた。EGFPはin vivo マーカーとして細胞や組織の挙動を可視化しリアルタイムに検出する際に有効な蛍光タンパク質であり、EGFPを恒常的かつ広範囲に発現する新たなES細胞株が樹立されれば、再生医療の基礎研究に役立つと考えられる。

【方法】
 Green mouse FM131 マウスの胚盤胞は酸性タイロード液にて透明体を除去したのち、マイトマイシンC処理で細胞増殖を停止させたBALB/c 由来のマウス胎仔繊維芽細胞(フィーダー細胞)上にて培養した。培地にはダルベッコ変法イーグル培地にLIF(白血病抑制因子)、15%knockoutSR、2-メルカプトエタノール、非必須アミノ酸を添加したものを用いた。培養4日目で、急速に増殖した胚盤胞内部細胞塊についてパスツールピペットを用いて単離を行い、0.25%トリプシン処理によって細胞を分散させ、新たなフィーダー細胞上に播種して継代培養を行った。出現したコロニーについて同様の継代培養を行い、ES細胞様コロニーが安定して増殖するようになるまで繰り返しこの作業を行った。こうして樹立されたES様細胞について、ES細胞としての特性を有しているかどうかの検討を行うために、以下の実験を行った。
 1.未分化能を維持しているかどうかを検討するため、未分化細胞マーカーであるアルカリ・ホスファターゼ活性の検出を行った。さらに、RT-PCR法を用いて未分化細胞のマーカー遺伝子発現を調べた。
 2.ES様細胞がin vitroで多様な細胞系譜に分化誘導可能かどうかを検討するため、未分化性の維持に必須な因子であるLIFを除いた培養条件で胚様体を形成させたのち、接着培養を行った。
 3.ES様細胞が多分化能を有し、生殖系列に移行可能かどうかの確認を行うため、マイクロインジェクションによりレシピエントとなるICR マウスの8細胞期胚および胚盤胞とES様細胞からなるキメラ胚を作製したのち、偽妊娠マウスの子宮へ移植しキメラマウス発生を検討した。
 4.ES様細胞がすべての細胞系譜に分化可能かどうか、また分化した細胞でEGFPが恒常的に発現するかどうかを検討するため、テトラプロイド凝集胚形成法を用いて100%ES様細胞からなるマウスの作製を試みた。まず、C57BL/6 マウスの2細胞期胚を電気的融合によって四倍体にしたのち、未分化なES様細胞と凝集させた。この凝集胚を胚盤胞にまで発生させ、これを偽妊娠マウスの子宮に移植した。

【結果・考察】
 5個の胚盤胞から2系統のES様細胞が樹立された。うち1系統は微生物による汚染のため樹立を断念した。樹立されたES様細胞のコロニーは、ES細胞コロニーの形態的特徴を有しており、EGFPの発現も検出された。
 まず、7代目以降のES様細胞について分子生物学的特性の検定を行った。結果、アルカリ・ホスファターゼ活性は陽性であり、ES細胞の未分化マーカー遺伝子である Pou5f1Pecam1Utf1Cd9Zfp42Spp1 遺伝子の発現が確認された。この結果から、樹立したES様細胞が分子生物学的に未分化性を維持していることが示唆された。
 次にLIFの非存在下でin vitro において分化誘導を行ったところ、接着培養13日目で形態的に神経細胞の特徴を有する神経様細胞が現れた。この分化細胞は、RT-PCR法によって神経細胞のマーカー遺伝子を発現していることが確認された。さらに、協調的に拍動する心筋様細胞に分化した細胞群も同じディッシュ上に確認された。どちらの分化細胞でも、蛍光顕微鏡下でEGFPの強い蛍光が検出された。このことから、樹立されたES様細胞が他の細胞系譜への分化能を有し、分化後もEGFPを恒常的に発現することが示唆された。
 キメラマウスの作製では、249個のICR マウスの胚盤胞に未分化状態のES様細胞が導入され、子宮に移植された。出生した56個体の胎仔中24個体がキメラマウスであった。このうちの6個体でGreen mouse FM131 マウス由来の高キメリズム個体が得られ、ES様細胞が多分化能を有することがわかった。さらに、このES様細胞が生殖系列へ移行することも確認された。
 テトラプロイド凝集胚形成法では、凝集胚を114 個作製し子宮移植した結果、7個体の新生仔が産まれた。うち6個体については食殺されたが、残り1個体は正常に発育し、出生直後にUVを照射した際には体表面でのEGFP発現が確認された。

【今後の課題】
 樹立したES様細胞がES細胞に見られる特性を有することから、Green mouse FM131 マウスに由来する生殖系列に移行可能な新たなES細胞の樹立が確認された。今後、テトラプロイド凝集胚形成法で作製されたマウスについて、多様な組織で恒常的にEGFPが発現しているのかどうかを検討するため、固定組織切片を作製して各組織でのEGFP発現を検定する予定である。


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