つくば生物ジャーナル Tsukuba Journal of Biology (2005) 4: TJB200501200100760

薬用植物ベラドンナAtropa belladonnaにおける遺伝子多様性の解析
―遺伝子組換え植物の環境影響評価手法の確立を目指して―

笹本 裕美 (筑波大学 生物学類 4年)  指導教員: 鎌田 博(筑波大学 生物科学系)

【背景・目的】
 近年の遺伝子組換え技術の飛躍的な発展により,さまざまな生物において遺伝子組換え体の開発が進められている。遺伝子組換え技術の応用が期待される植物のひとつに薬用植物が挙げられる。遺伝子組換えによって薬用成分の生産効率を高めたり,新規成分の生産を可能にしたりするなど,より実用価値の高い薬用植物を開発することが可能である。しかし,生薬原料である薬用植物の多くは野生種をそのまま栽培しているものであり,野外に生育する自生種や野生近縁種との交配により,遺伝子組換え植物に導入された遺伝子が自然界に拡散する可能性がある。また,他の植物や土壌微生物に何らかの影響を及ぼす可能性も考えられる。このように,遺伝子組換え植物が生態系に与える影響が懸念されているものの,その影響を評価する手法は薬用植物においては確立されていない。
 本研究では,薬用植物ベラドンナAtropa belladonnaにおける集団内および集団間の遺伝子多様性をAFLP(Amplified Fragment Length Polymorphism)法を用いて解析することにより,遺伝子組換えによる遺伝子多様性への影響を推測することを目的とした。また,国産のアグロバクテリウム菌を用いた自然現象としての遺伝子組換え体の作成・栽培を通じ,自然環境下での遺伝子拡散や土壌微生物・野生植物への影響等の基礎データを蓄積し,遺伝子組換え薬用植物における環境影響評価手法の確立を目指すことを目的とした。

【方法】
◇AFLP法による遺伝子多様性の解析
 欧州6ヶ所および日本国内2ヶ所の研究所から野生型ベラドンナの種子を分譲してもらった。これらを無菌播種し,約1ヶ月後,各集団16個体ずつの若い本葉からDNAを抽出した。これらを制限酵素処理し,切断面に特異的なアダプターのライゲーションを行い,一次選択プライマーで予備増幅後,蛍光標識した二次選択プライマーで二次増幅を行った。得られた検体をオートシークエンサーにかけ,フラグメントを検出した。
◇ 形質転換体の作成
 無菌播種後,長日条件(16h Light/8h Dark), 25℃,MS固形培地で3ヶ月培養した植物体の葉切片に6系統の野生型アグロバクテリウム菌(Agrobacterium rhizogenes :1724株, 2659株, 8196株, 15834株, A4株およびA. tumefacience :R1000株)を感染させ,毛状根を得た。除菌後, 0.5mg/l BA, 1mg/l IAAを添加したMS固形培地で培養後(Dark, 25℃),長日条件に移し,光誘導により生じた不定芽をMS固形培地で培養し,個体を再生した。形質転換の有無は,アグロバクテリウムT-DNA領域のオピン合成酵素遺伝子内に設計したプライマーを用いてPCRで確認した。
◇ 訪花昆虫調査
 2004年5〜6月上旬の晴天時,筑波薬用植物栽培試験場において野外で栽培されているベラドンナに訪花する昆虫を観察した。
◇ 花粉寿命測定
 長日条件,25℃で栽培した野生型植物体の花粉をスライドガラスに直接採取し,25℃,湿度60%で保存した。経時的に蛍光色素FDA(Fluorescein Diacetate)と PI(Propidium Iodide)で二重染色し,蛍光実体顕微鏡で観察して花粉の生存率を計測した。
【結果と考察】
◇ 遺伝子多様性の解析
 AFLP解析においては,ゲノムDNAの純度が解析結果に影響を及ぼすため、DNA抽出法の検討を行った。Nucleon PhytoPureとDNeasy Plant Mini Kitで抽出を行って比較し,純度の高い後者を用いることとした。また,多型的なフラグメントを検出する二次選択プライマー対を検討した。野生型ベラドンナの混合DNAを用い,64のプライマー対について解析を行い,検出されたフラグメントの多い順に5組を選択した。現在,各集団16個体について多型解析を行っており,集団内・集団間の遺伝的多様度の比較を行う予定である。
◇ 形質転換体の作成
 アグロバクテリウムの系統により,ベラドンナに対する毛状根誘導能力に差があることが示された。特に,15834,A4,R1000の3株は誘導能力が強く,感染から2週間ほどで毛状根が高頻度で誘導された。また,同一菌株でも毛状根のラインにより,生育速度,形態,不定芽形成率等に相違が見られた。一方,植物ホルモン添加培地に植え継ぐ部位,植え継ぎから光照射を行うまでの期間等も不定芽形成率に影響することが分かった。最も形成率が高かったのは,培養期間の長い部位を植え継ぎ,約3週間暗所培養後に光照射した場合であった。現在までに誘導した毛状根189ラインから18ラインの再生個体を得たが,今後も不定芽の誘導と培養,栽培を継続して行う予定である。
◇ 訪花昆虫調査
 今回の調査では3種のハナバチが観察されたが,最も訪花頻度が高かったものはコマルハナバチBombus ardensであった。コマルハナバチの活動期間は3月末から梅雨前と言われており,日本におけるベラドンナの花期(5〜6月頃)と重複する。来年度は調査地を筑波大学内の圃場に変更し,訪花昆虫による花粉飛散距離を調査する予定であるが,コマルハナバチの採餌距離は営巣地から1kmと言われているため,巣が近くにあることが訪花の条件になると考えられる。
◇ 花粉寿命測定
 長日条件の栽培室において開花したベラドンナの花粉の生存率は,開葯からおよそ110時間後に50%,130時間後に0%になった。開葯から5日目までは生存率はゆっくりと低下し,その後急速に低下することが分かった。これは,開花してから花弁がしおれる時間と一致している。遺伝子組換え植物の導入遺伝子の拡散範囲は,訪花昆虫の採餌距離と花粉の生存率に強く左右されるものと考えられるため,今回の実験で,来年度の生態調査で考慮すべき基礎データを得ることができた。


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